15年前、戦争があった。

いや―
戦争ならば、遥かな昔から何度となくあった。
彼らは北辺の谷を出で、南の土地を目指して侵攻を繰り返した。
運に恵まれぬ彼らに勝利が続くはずはない。
彼らは 時代が変わったことに気づかなかった。
敗戦を繰り返しては領土を失い、小国に戻りつつあった彼らは、比類無き工業力を養い、それを武器に世界に向かって最後の戦いを挑んだ。
それが15年前の戦争―
彼らは猛々しく戦い…そして惨敗した。
自国内で核兵器を使う愚さえ犯したベルカ人。
その無惨を目にした戦勝国たちは、自らの武器を捨てようと心に誓った。

世界に平和が訪れた。
彼らのおかげで、それは永久に続くかと思われた。
平和から最も遠いこの島で、平和を守って飛ぶ彼ら―


          ACE COMBAT5
        THE UNSUNG WAR
 〜MOBIUS ONE&The Demon of Razgriz〜


01話 部隊発足


ランダース岬沖 09月23日 11時09分
国籍不明機がオーシア国海領を侵犯、その時、訓練に出ていた訓練生、及び教官グループの内、生還出来たのは僅か数名―

「ちっ…」
背もたれに体を預け、ギシギシと悲鳴を上げる椅子を無視し、溜息をつく。
毎日、備え付けのPCで簡単な日記をつけているのだが、今回ばかりは何だか戦闘記録のようにしか見えない文だ。
そして、彼自身も今の精神状態ではその様な文章しか打てなかった。
平和そのもの、といった感じだったサンド島基地は、今や戦時となんら変わりはしない喧騒に包まれている。

彼の日記に書かれている通り国籍不明機が領空侵犯し、交戦までした。
これにより、ユーシア国内の何処かではホットラインが鳴り止むことは無くなり、軍部は戦時状態と同じ緊張状態へと移行した。

本来なら起こりえるはずの無い戦闘。
それが何を示すのかを彼等軍人達は痛いほどよく判っていた。
だが、ソレが何かの間違いという可能性と、第三国による作為的な攻撃の可能性から彼等は模索し始めた。
それが、致命的なロスへと繋がる事も知らずに。
話は、彼の話へと戻る。

再度溜息をつき、彼はデスクの上に置かれていた写真を見つめる。

―…ベイカー教官、スヴェンソン教官、フェイ、ジャン、タチアナ…

全て、空と大地へ還ってしまった。
国籍不明の戦闘機が躊躇いも無く発砲した際に。
或いは、交戦時に競り負けてしまった際に。
或いは、着陸に失敗した際に…

知らせを受けた時、彼は最初に考えたのは日付であった。
―4月1日はとうに過ぎている。
そう、考えても現実を受け入れるのに数十秒程時間を要した−それでも彼はまだ受け入れるのが早かった。中では司令部ですら認めない発言が出ていたという−
そして次に考えたのは、『誰が戦死し』『誰が生き残れたか』であった。
ここに来てまだ短かったが―彼はグリム達『卵』よりも半年だけ早くここに来ていた―それでも皆の顔は覚え、寝食を共にした仲間であった。
全員生き残って欲しい、とは流石に考えなかったが、それでも生き残って欲しい人は居た。
特に、戦災孤児であった自分を拾ってくれたベイカー教官、シャイボーイとからかわれていたジャン、姉御肌で面倒見が良かったタチアナ…

―全て、死んだ。
―死んだんだ。

「…ざけやがって…」
口から漏れたのは呪詛。
躊躇いも無く発砲してきた『敵』に対する呪詛。
司令部が高度の桁を間違え、それにより練習生が多数死亡した事に対する呪詛。
そして、有り得ないミスをしでかした司令部に対する呪詛。
しかし何よりも、自分ではどうにも出来なかった事に対する、自分に対しての呪詛。
無論、自分が出ていればやられていたのは判っている。
自分の実力ではまだ誰にも及ばない位把握している。
練習生の中ではどんじりの成績であり、教官達からはプラクティスエースと揶揄されているケイ・ナガセと比べるべくもない実力であることは、彼自身が最も把握できていた。
だが…
彼はそれでも呪わずにはいられなかった。
15年前のベルカ戦役で天涯孤独の身となった彼にとって、戦争に関する全ての事は嫌悪の一言で片をつけられない位の事であり、そして、育ての親であったベイカー教官、第二の家族とも言える存在達の、死。
だから彼は、もう一度呟いた。
「ざけやがっ、て…」
呪詛の変わりに、嗚咽が混じった、その声で。


彼の名はレグナブール・レイジ・ゼルベルガー。
後に『ラーズグリーズの悪魔』の中核を担い、ISAF軍きっての英雄『メビウス1』とエルジア軍最高のエース『黄色13』と比肩する実力を持つ程の成長を果たす戦闘機パイロットである。



同基地滑走路 14時12分
帰還した面々はどれも沈痛な面持ちでそれぞれのいくべき場所―デブリーフィングを受ける為の搭乗員室―へと向かっていた。
その中で一人、一際今にも消えそうな程儚く薄い雰囲気をまとっている女性がいた。
ケイ・ナガセである。
ナガセは俯きながら歩いていたが、視界に誰かの足が入り込んだので首を正面へと向けた。
「…レイジ…」
軽く手を上げるレイジ。
「…大丈夫、か?」
言葉を発すると同時に、レイジの中で今までたぎっていたモノが静かになっていく。
嚇怒も、悲哀も哀切も、すべてが心の中から外へと駆逐されていく。
明鏡止水という高尚なモノではない。
彼の中にあったのは、たった一つ。
15年前の悪夢から学んだ最も強い感情と思考、『諦観』である。
「…大丈夫」
続けさまにナガセは早口で言葉を紡いだ。まるでそれで何かから逃げられる、そう思っているかのような言葉の運びだった。
「ごめんなさい、今話したくないの」
「あぁ、悪かった」
半歩譲り、道を開ける。
足早に通り過ぎるナガセの唇が動いた。
「…ありがとう。ごめんなさい」
その言葉に少しだけ目を見開くが、すぐにいつもの達観しきった表情に戻り、呟いた。
「俺は、大丈夫さ」
そのまま歩み出し、宿舎とは別に格納庫へと向かうレイジ。
サンド島の天気はレイジ達『被害者』から見て、腹が立つほど間の抜けた晴天だった。


サンド島基地・格納庫 同日 15時11分
格納庫にはレイジにとっては『叔父』代わりであるバートレットが居た。
大分くたびれた様子で親爺さんと話していたが、レイジの存在に気づくといつもの不敵な表情で出迎えた。
「ようドンジリ」
演習成績の事を揶揄しての事だが、レイジも口の悪さならば撃墜王、涼しい顔をし、飄々と答えた。
「コールサインは『ブレイズ』です、万年大尉殿」
「言いやがったなコノヤロ」
そう言って、手を上げ、いつものようにヘッドロックの体勢へ…
いかなかった。その代わり、少しだけ頭を下げ、きしるような声で謝る。
「…すまねぇ」

一瞬の後、意味を察し、レイジは薄く笑った。
「気にしないで下さい。アレは、そう…」
言葉を、一番嫌いなこの言葉をレイジは口にした。
「『災害』に巻き込まれた、それだけですから。…義父さんも。皆も」
そう、平和呆けした阿呆の眼で見れば、これは一種の災害とも見れるだろう。

警告無しの発砲。
ケタを間違えた司令部。

或いは、これらは全て不幸な偶然が積み重なった結果だ、とも言えるかもしれない。
そんな事を平然と口に出し、信じている者は当事者の中では誰も居ないが。
そして、レイジは一言たりとも、誰のせいとも言わなかった。
レイジが『人災』とも、『天災』とも言わず、あえて『災害』という言葉を使った。
それが、どういう意味を成すか、バートレットと親爺さんもわかったのだろう。
だからバートレットは言った。
「…次からはお前も飛ぶ事になる。ダヴェンポート、ナガセ、お前、そして俺だ」
その言葉に目を細め、頷くレイジ。
「今のところ決まっているのは?」
列機の順を指し、レイジは質問した。
「二番機にナガセを置くつもりだ。あいつは見張っていないと何をしでかすかわからん。後はお前達が決めろ。ジャンケンでもくじ引きでもあみだでも良い」
「了解」

しばしの沈黙の後、バートレットは親爺さんに何事かを呟いてからレイジの方を向いた。
「お前、幾つになったんだっけか?」
「今年で19に」
「そうか。酒はのめるのか?」
「法的には飲めませんが―」
言外に飲めるという返答を聞き、バートレットの顔は少しだけ緩んだ。
「ンなのクソ喰らえだろ」
その言葉にレイジは肩を竦め、バートレットの横に座る。
ふと横を見ると、親爺さんが格納庫内にこっそり冷蔵していたウィスキーとグラスを取り出してきた所だった。差し出されたグラスを溜息を一つついてから取り、半眼で二人を見る。
「見つかったらまた譴責されますよ?それに、この後デブリーフィングがあるでしょうが」
その言葉にバートレットは首を振って口を開いた。
と、同時にレイジも口を開く。更に親爺さんまでもが。
「「「それこそクソ喰らえだ」か?」だろう?」
唖然とするバートレット。
譴責云々言っていたはずなのに自分から勝手にウィスキーをグラスに入れてストレートで飲み始めるレイジ。
涼やかな顔をしてウィスキーを飲み干す親爺さん。
誰からとも無く、笑みが生まれた。
その笑みはやがて声を伴い、しまいには三人ともゲラゲラと腹を抱えて笑い始めた。
それが彼等にとって、今日初めての、心からの笑みであった。

同基地・搭乗員待機室前 同日 16時00分
昨日までよりも戦死者の人数分以上に静かになった搭乗員待機室で、一人だけ余りテンションの変わらない者が居た。
「なぁ、ナガセよぅ。お前が見たヤツって、どんな形をしてたんだ?」
「形って言われても…無我夢中で覚えてないわ」
「いやよ、アダムスキー型とか葉巻型とか、色々あるんだろ、UFOってのは」
その不謹慎すぎる言葉のリアクションは、苦笑する者半分、空気読めないバカが何言ってるという顔半分。
ナガセは後者の人間であった。
「…何でUFOの話になるのよ」
「上の連中がそういってたからさ。海を越えてユークトバニアが攻撃するわけない、だからUFOだ、ってよ」
そのふざけた軽い口調に込められた一言には、ぞっとするほど重いものが含まれていた。
それを聞き、半数の人間は更に苦笑し、或いは彼に対する認識を少しだけ改めた。
口から生まれたダヴェンポートから、少しは考えてるお喋り小僧へと。
ここでもナガセは後者であった。

その時、ギシギシと椅子が軋む音が聞こえ、ダミ声が聞こえた。
「まだまだ文句と言いたい事が山ほどあろうが、まずは黙っておけ。わかっているだろうが今は人手が足りん。明日からは新人どももスクランブル配置だ」
その声に姿勢を正し、静まり返る面々。
バートレットのブリーフィング関連はいつも始まりと終わりが唐突だ。
それは彼等新人達もわかっていたから、バートレットが入ってきても喧騒は変わらなかったのだ。
「上では俺のそばから離さん。特にナガセ!」
呼ばれる事はある程度覚悟していたのだろう、随分と落ち着いた態度で返事をしたナガセをバートレットは非常に微妙な表情で見つめ、
「お前は俺の2番機だ。目をつけてねえと何しでかすかわからん。それと…」
持っている名簿を一瞥し、声を張り上げた。
「ダヴェンポート!それからゼルベルガー!!」
「ぁえ!?」
「はい」
自分が選ばれるとは思っていなかったのだろう。
素っ頓狂な声を上げるが、続いた対照的な冷静な声に我に返り、慌ててマトモな返事をするダヴェンポート。
「お前らと俺とナガセで飛ぶ。もう一度言うが、上では俺のそばから離さん。以上だ。休める時に休め」
そう言い、バートレットはさっさと出て行った。
略式といえば余りの略式に声も出ない面々。
と。
「言い忘れた。三番機と四番機はお前等で決めろ」
そしてまたさっさと出て行くバートレットを呆然と見送る面々。
その中でいち早く立ち上がり、部屋を出て行ったのは、ナガセと一番後ろの席に居た記者だった。
それを契機に、皆立ち上がり、どやどやと部屋から出て行く。
最後に残ったのは、レイジ。
デブリーフィングの最中、ずっと空いている席を見つめていた。
もう帰ってこれない、大切な人達の席を。
陽が落ち切るまで。

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