『……おおおおおおおおおおおおおッ!!』

地面を蹴る音は――同時。
互い、瞬時に出力を叩き上げたウィングバーニアの空気を焼く咆哮と共に――
一瞬で差を詰め。
――その位置を入れ替えるようにして、着地したときには。

「……やるじゃねぇか」

――宙に描かれた紅の弧に、飴のように切り裂かれた肩部装甲を見やり、ヘル。

「凶悪なまでの高性能ぶりは相変わらずか」

カメラアイのすぐ下を、蒼の光条に真一文字に削られ、ヘクス。

互い、その傷跡に触れて――見るものがぞっとするほどの、凶笑を浮かべて。
そして――まるで弾かれたように二人は一度離れ、距離を置きすぐに激突した――


「うわー、うわー……すごいよーガンマ」
「……なるほど、こいつが『ヘル』か……外観はヘクスとよく似ているな。
 映像からのデータだけではヘクスとそう遜色内容に見えるが――動きはいいな。
 というかあのランサーは何処から出したんだ? 見た感じ、物質転送の類でも無さそうだし――」
「――二人とも、朝から一体何をされているのですか」
その声に――未だ買い換える余裕が無く繋げたままの15インチのディスプレイから、ガンマとミューは目を離す。
冷ややかと言うよりかは、平淡――しかも若干、呆れたような様子で、その声をかけたのは――
「あー、イプシロンだー」
「もうデータの損傷は大丈夫なのか?」
「戦闘に関する部分はまだ修復途中です。が……通常起動に関しては問題無いかと」
ミューとは違い、どこか鋭角的で先鋭的なフォルム――
イプシロンと呼ばれた機体は、そのまま二人が見ていたディスプレイの映像を覗き込む。
「……この映像はどこから?」
「ああ、この座標を撮影したまま動こうとしない衛星が一つあったんでな……調べたら、これだ。
 ま、丁度いいからちょっと回線を繋いで、映像をこっちにもまわしてもらってるってワケだな」
あっさりと言ってのけるガンマだが――こんなことが相手側に気取られず出来るのは、彼だからこそのことである。
……画面の中で交錯する、紅と蒼の軌道――普通なら眼で追うのがやっとのそれを、イプシロンの眼は正確に捉えている。
「……これが例の『ヘクス』ですか……戦ってるのは同型機ですか?」
「さあな。見た目ではそうみたいだが」
小さな画面の中で、土煙を上げ、炎を散らしながらぶつかり合う二機の戦闘。
……だが、それからついと眼を逸らし
「……正直、判りませんね……何故貴方が、こうもこの機体に執着されているのかが」
全く、その平淡な――どこか機械的な言葉はそのまま、イプシロンはガンマを見上げる。
「無償で修理・改修するだけではなく……人格形成部のAIプログラムのデータ提供を拒んで、身柄を匿ったと伺いました。
 ……どういうおつもりですか? 確かに私も、この機体に隠された技術の高さは認めますが――
その情報の秘匿の意味と、そこまで肩入れする理由が――私には理解できません。
 どう考えても、貴方の立場を悪くするだけでしか――」
「おいおい……散々な言い方だな」
ガンマは苦笑を浮かべ――イプシロンの頭を撫でる。
「そう言うが……お前が今そうやって立ってられるのは、こいつを解析したデータがあるからなんだぞ?」
「それは……確かにそうですが……」
納得しきれないといった様子で、まだ何事かぶつぶつと口ごもるイプシロンに――ガンマはふっと笑みを浮かべると、
「……まあ、そうだな――強いて言うなら、今日のためだ」
「……?」
「今日、あいつをこうやって、あの機体と真正面から戦わせる……それがあいつに肩入れした理由にはならんか?」
「……それは、最初にあの機体を修理した時からですか?」
「そんなワケあるか。……だがまあ、拾った時はここまで関わるとも思ってなかったがな。
 ……ただ、俺はあいつの目に残ってた、靄みたいな燃えきらないものを燃やしてやりたかった……それだけだ。
 ……オマエには見えないか? 今のあいつが、どれだけ楽しそうに――あの場所にいるのかが」
「……私には、理解できません」
即答と言うには、間を置きすぎたイプシロンの返答に――ガンマはそっとその鋭角的な頭を撫でる。
「……本当にオマエに『理解できない』なら、その躊躇いは生まれない。
 時間はたっぷりあるんだ……ゆっくりでいい、考えろ。悩め。……それが、オマエにとっての進歩になる。
 お前達の人格データを作った奴は、正直あまり好かない奴だったが……それでも、プライドに見合うだけの腕はあったか。
 スタンスはともかく――お前達にもキチンと『心』を与えたことに関しては、素直に感謝してやらんと」
『こころ……?』
火花を散らし、激戦を繰り広げる二人を眺め――そして、自分を見上げる二人を眺めて。
「……今はただ、見てるだけでいい。こいつらの闘いを――しっかりメモリに焼き付けておけ。
 今はそれが何の意味を成すかは判らなくても……いつか必ず、これがお前達にとっての経験になる時が来る。
 だから、今は――この映像、この瞬間。お前達の心に感じたこと……忘れないようにしっかり――見ておくんだよ」





――背中のウィングバーニアは、ほぼトップスピードを維持したまま――
相棒たる自らの武装・メガランサーキャノンを構え、ヘルはヘクスへと狙いを定める。
互い、ほぼ最高速で縦横無尽に飛び回っている――にもかかわらずまるでその右腕が独立した生き物のように稼動し、
巧みな軌道を描く紅の風をしっかりとその砲口で見つめているのは『Long-range
Lancer-cannon』の二つ名の示す通りか。
吐き出される蒼の光条――幻想的な輝きが空気を焼き焦がすそれに――近距離特化型のヘクスには打つ手はない。
しかし、紅の軌道は巧みな動きを交えて、破滅の輝きを全て紙一重で避け続ける――

(……機体自体の性能はオレのほうが上……だが、この動き――自律AIとの適合性を上げたのか?)

機体の戦闘能力を決めるのは、単なる機体自身のポテンシャルだけではない――
その機体の性能を最大限に引き出すことができるAIを搭載して、初めてその真価が発揮される。
ヘルが『LOST-NUMBER』の名を冠することになったのも、
その機体の驚異的なポテンシャルを十二分に発揮することの出来る特殊な自律システムを搭載しているためであり、
未だ天羅で彼を越える性能を発揮する機体が開発できていないのも、彼ほど高い適合性を備えたAIを未だ量産体制に組み込めていない部分が強い。

だが――この、初戦の時とは比べ物にならないほどのヘクスの動きの流麗さ。
自分をベースに、近距離に特化した機体に――自分と同じ、主任によって最初期に作成された自律システムを搭載した彼は。
支援のための遠距離射撃を考慮しているとはいえ、試作機として様々に汎用性を高めた結果――特化性に欠けるヘルよりも、
今の動きを見る限りでは適合率は高く――総合的なポテンシャルでは、ほぼ遜色がない――

(――ならば――!!)

光条を潜り抜けたヘクスに――ヘルはランサーを構えながら背部のバーニアの出力を全開にした。
同時に、彼の全身がまるで進化をするように変形――いや、変質していく。
同時、その手の愛槍を構えなおし――砲口から吹き出した光の刃を構え、突撃する姿は――

「――CRUSHER=SHIFTか!!」

振り下ろされる紅の熱弧――振り上げられる蒼の光弧。
二つの獣の牙は、互いをまるで求め合っていたかのように二人の間に吸い寄せられ、刃をぶつけ合う。
攻め入ったのはヘル――そのまま力押しにヘクスの刃を押し切り――流れに乗って放たれる、嵐のような斬撃。
しかし――相対したへクスは退くどころか、より強くヒートブレードの柄を握り――真直線にヘルへと突貫した。
斬撃が、肩口を掠め――融解した装甲の欠片が飛沫に散って――だがそれだけで一気にヘルとの間を詰め、肩口で猛烈なタックルを浴びせる。
流石に足場もない空中では、その身を呈した突撃を押し返せるはずもなく――錐揉みするような形で地面へと落下する二機。
クレーターのように地面が爆発し――粉塵が視界を悪化させる中――
しかし人あらざる身の彼らにとってその程度の情報の遮断は何の意味もなさない。
埃の幕を引き裂くようにして紅刃が迫った時には――僅かに一瞬早く身を捩ったヘルの真横に深々とブレードが突き立つ。
僅かに生まれる隙――絶妙のタイミング。
だが、ヘルもまた、ビームランサーをロストしている――

閃く円弧、二つ。

鈍い音を閃かせ――粉塵晴れた時には。
ヘルの右腕に固定兵装として搭載されたシールドブレードを、同じコンセプトの武装であるリバースエッジで受け止め――
二人は、人ならば息のかかるような距離で対峙する。

「初めて見るな……クラッシャー=シフト。だが、思ったよりも圧倒的ではない」
「チッ……まさかクラッシャー=シフトのオレとタメ張るとは思ってなかったぞ……!?」
「言っただろう……落胆させてくれるなと……なッ!!」

力の拮抗するバランスが――崩れる。
ヘクスの崩したバランスに、大きく体勢を崩したヘル――
瞬間へクスはブレードを引き抜き、無防備なまでのその胴を両断せんと大きく振りかぶり――
だがそこで彼は斬撃の手を止め、自ら絶妙の機会を逃して身を捩った。
瞬間――彼の頭部のあった場所を一直線に貫く飛影。
それはバルカンキャノンに替わって搭載された、非常用兵装のヘッドアンカー――

「……ちぃっ!」

このまま、力づくで体勢を整えるよりは――このまま流れに任せたほうが得策と判断して。
ヘクスは強く地面を蹴って間を開く――だが、彼が再び顔を上げた時。
その手に再精製されたランサーを構える、ヘル――


だが、その姿は。


転瞬、ヘクスは出力を全開に叩き上げてバーニアを開放する――
蒼の光条は、餓えた獣のように彼の残影を噛み裂き、そのまま地面へと吸い込まれて地を揺らした。
爆風が、周囲の木々をなぎ倒さん勢いで吹き荒れ――そして、僅かに掠めた左肩部の装甲の融解にそっと触れながら。
――へクスはヘルの、もう一つの姿を見つめる。

「――MUGNAM=SHIFT……」

高熱で、僅かに紅を帯びた砲口を構えたその姿は――先刻のものとは異なっていた。
外見はさほど変わっているわけではない――右腕のシールドブレードが、マルチミサイルポッドへと変更になった程度。
だが、その中身は、性能は大きく違っている――現に、先刻まで何の問題もなくかわせていたランサーの一撃を、
今の瞬間、その身に掠められてしまっているとは――

「……お前相手に、射撃専用のシフト……大人気無いと思うか?」

ヘルの言葉に――だが、ヘクスは首を静かに横に振る。

「構わん。『徹底的に』――そう最初に切り出したはずだろう。手加減されるより余程マシだ」
「随分と強気に出たな――言っておくが、マグナム=シフトの力はこの程度じゃないぞ?」
「言っただろう――過信ではない自負はある、とな」

言葉の応酬に、自信に満ちた笑みを浮かべて――
刹那、ヘクスはウィングバーニアとハイブリッドブースターの出力を同時に引き上げる。
爆発的な加速度を発揮した紅の暴風へと狙いを定める蒼き死神の光条は鋭く、猛々しく。
見る見るうちに地面へと粉塵の柱が立ち上り、木々は薙ぎ倒され、時に掠めていく光条に表面を削り取られていくヘクス――

「悪いが――このまま一気にやらせてもらうぜっ!!」

射撃に特化したプログラムが、ヘクスのデータから予測した行動予定地へとロックを合わせる――
だが銃爪を引き絞るその速度は完全にヘル自身の技量だ。
でなければ、ライフルをモチーフとして作られたランサーのビームを、まるで機関砲のように叩き込むことなど出来ない。

光条――牙となって、投網を編むように吐き出され。
紅の若き鳥を絡めとらんと――執拗に、猛然と追い詰めていく――

跳ね上がるように上昇――そこからまるで慣性を無視したかのような軌道を描き――
稲妻のように下降した瞬間には、地を這うようにしてさらに加速している――
初戦とは違い、今や完全に自分のポテンシャルを把握しているヘクスの機動性は、すでに神業の粋に達しているだろう。
ホバリングを目的として作られたウィングバーニア――そして、
長距離航行を想定して搭載されたハイブリッドブースターを併用した推進力。
その微妙なバランスの調整は、果たしてヘルでさえも真似できるのかどうか――だが――

「どうした――逃げてばかりじゃ、オレを倒すことなんて出来ないぞっ!!」

ヘクスのその柔軟な機動力をもってしても、なお――ヘルの捕捉率のほうが若干、高い。
すでに全身を掠めるビームに装甲のあちこちは削られ、染み一つなかった紅は半分以上くすんだ銀色へと変質しつつあった。
見た目にも痛々しい姿――奇跡的にも致命傷となる一撃はまだもらっていないものの、このままでは――

そして、この微妙な戦局は――その次の瞬間に、変わる。

「――捕えた!!」

巧みにビームの軌道などを修正し――彼の動きを単調にするように追い詰め続けたヘル。
それが実を結び――とうとうその時は訪れた。
データからの予測――それが確実に命中すると判断されたところでの、ロックオン――

「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

そして――槍より光、放たれて。
紅の軌道はそのまま、まるで吸い寄せられるように、その破滅の輝きへと身を晒――

「――なるほどな」

だが。
冷ややかな声が、そう――空気を震わせた時。
まるで、未来を予測したように急停止した紅――
蒼の輝きは求めた獲物を喰らい損ね、見当違いのところへと着弾し爆発を生む。

……完全に。
完全に今の一撃は、命中していたはず――驚愕する、ヘルに。
「マグナム=シフト……見切らせてもらった」
ヘクスはあくまで、まるで小川がせせらぐような静けさを声に残し――体軸に沿わせるようにブレードを構える。
その、ぞっとするような紅輝に彩られた刃は――まるで生あるもののように滑らかな動きで、彼に従い――
「お前の攻撃は……オレにはもう当たらん」
「く――ならこれでどうだ!」
まるで動く気配のないヘクスに――ヘルはランサーの出力を最大にし、ビームを連射する。
その僅かな時間差といい、射撃角度の巧みさといい――へクスの性能では、絶対に回避不能なその連射――

――だが、現実には。

「……それで終わりか?」

まるで、光条がヘクスに触れることを疎んじているかのように。
――彼には、たったの一発も当たらない――

「……砲身の角度や、撃ち込む際の踏み込み――視界のや腕の角度――それを看取れば、何処を狙っているかは読める」
人間で言えば、『流水』ないし『柳』の動きと呼べばいいのか――流れるようなその機体の運び。
相手の先を読む――『見切り』。必要最小限の動きだけで砲撃を躱す――『動作の最適化』。
プログラミングでは、どうしても再現できなかった『達人』の動きを――今へクスは、確かにその身で体現していた。
「特にオマエは――射撃時に独特の癖があるからな。……それさえ見切れば――直線的な射撃など、最早怖れるに値しない」
「ちっ――冗談きついぞおいっ!」
「今度は――こちらからいく」
その声を尾に残すように――悪魔じみた加速度で、ヘクスは一気に間を詰める。
ヘルは当然ながらそれを迎え討たんとビームを撃ち続けるが――
その全てが紙一重でかわされ、彼自身の猛烈な加速を止めることさえ出来ない――
「くそっ――ならもう一度、クラッシャー=シフトで――!!」

ヘルがランサーの砲身を立て――そこから刃を精製しようとした――その時。

「――甘い――反撃の隙は与えんッ!!」

鋭いその声と共に――へクスの姿が『消える』。

――衝撃は、三度。
しかもその殆どが――同時に訪れた。

背部ウィングバーニア右推進部大破。
右腕部マニュピレーター損壊。
メガランサーキャノン大破――同時にロスト、使用不能――

一瞬で頭の隅に浮かぶ状況報告と警告音。
攻撃された――ろくに防御態勢すら、取ることが出来ないでいた。

あまりの速さに、攻撃されたその瞬間でさえ、捕捉出来ないでいた――

愕然と――ヘルは後ろを振り返り。

そこに、いたのは。

――それを為しえたのは――

「――言ったはずだ――反撃の隙は与えんと」

どこか夕日の輝きを思わせる紅の躯体。
今までのそれより先鋭化し、一回り鋭さを増したシルエット。
そして何より違うのは、背部からの排気も無く――さもそれが当然のように宙に浮いたままの、その体――

――地上の技術者・ガンマによって生まれたサポートユニット――S.I.E.C.S.。
それを得て進化した、新たなるヘクス――H.E.C.C.S.Plus――

「最早オレに――全ては通じんッ!!」

その鋭い宣言、消え去らぬうちに――へクスの姿が再び、消えて。
衝撃の嵐が――ヘルを滅多打ちに打ち据える。
疑似半重力生成器「γ−ドライブ」――天羅には存在しないオーバーテクノロジー。
生まれた爆発的な機動性が為しえる、嵐のような全方位からの一斉連続攻撃に。
みるみるヘルの全身に裂傷と亀裂が走っていく。
装甲は砕け散り、内部機器は破壊され――破損箇所の報告は、一秒ごとに深刻さを増し、増えていく――

――防御体勢さえ、取れずに――

「――おおおおおッ!!」

――ヘルの眼前。
神速の勢いで放たれた、ヒートブレードの二閃。
ヘルは殆ど勘に近いところで、それでもその斬撃に耐えようと、自らの目の前で腕部を交差させ――

そして――紅の軌跡は、ヘルの両腕を何の抵抗も感じさせずに寸断し。
――そのままその中心に叩き込んだ蹴りが、水平な放物線を描かせてヘルを『着弾』させた。
濛々と立ち上った粉塵――彼の『着弾』した場所へと、ヘクスは音も無く、すいと近づいていく。

「どうした――まさか、これで終わりではないだろうな」

ヘクスのかける声に――応える声は、無い。
ゆっくりと、晴れる視界――地面に半ば埋まった状態のヘルの姿は、酷いものだった。
その両腕は肘から先が無く――胸部装甲にぱっくりと開いた『X』の傷跡からは、ショートした内部機器が露出し火花を散らし、
そして命の源と言うべきエネルギーリキッドが、まるで傷口から流れ出す血液のように、とめどなく流出している――

その、惨状で。

「……?」

最初――へクスは、彼が何をしているのか――判らなかった。
俯き、肩を小刻みに震わせている――それはまるで、人間の『泣く』行為にも見えて。
だが――やがて、空気を低く――微かに震わせる、声。

笑い声。

ヘルは――笑っていた。

「……何故、笑っている?」
「……何で? ……何でだろうな。
……オレにも、ちょっと判らない……。
 ただ……今まで、多数の相手に追い詰められて、破壊寸前まで追い込まれたことはある――でも。
 真正面から、たった一機と闘って――ここまで一方的にやられたのは……生まれて、初めてだ」

ゆっくりと――泥だらけの半身を起こし、腕の無い体で――起き上がって。

「……そのことで……何でだろう。どこかちょっと、救われたような気分になってるよ」

顔を伏せたまま――ぽつりと、呟く。

「――けどな!!」

その顔を上げた時――そこにあったのは、寂寥に満ちた感傷などではない。

「生憎――オレもここで終わらせたくない――」

その瞳に輝くのは――圧倒的なまでの自信と、満ち溢れた勝利への確信――


「――オマエに負けるつもりもない――」

その全身から、白煙が噴く――驚異的なまでの勢いで活性化したナノシステム。
僅か数秒と絶たず傷は塞がり、腕は一瞬でぞろりと生えて――
まるで彼の戦意が、戦いを求める心が。
システムの限界を――『機械』の限界を、超えたかのように――

「――だからッ! オレも遠慮無くやらせてもらうッ!!」

ぶん――と、天を掴み取るように、右手掲げて。
その手で、勝利を掴み取るかのように――高らかに叫ぶ!

「――ウォォォォォォォルッ!!」

ヘルの、魂の放つ闘いへの咆哮に――彼方より飛来する光点――
凄まじい速度で飛来する、彼らによく似た一機の機体。

そしてヘルもまた、その機体を迎えるべく――天高く、跳躍して――



ヘルの姿が――変わる。



紅の風、翼を纏いて暴風へと変わり。
蒼の風、その身を転じて竜巻と化す。




――闘い、未だ誰も見たことのない領域へ。


あとがき
第二弾、遅ればせながらようやく完成いたしました。
本当に遅筆で申し訳ありません……反省。

今回は結果として、若干へクスのほうが優勢な感じで推し進めていましたが、
一応(自分の中での)彼の特性は、「努力をいとわない」「努力が着実に身を結ぶ」、
そして「一度喰らったものには二度と引っかからない」だと思うわけです。
経験を情報として自らにフィードバックすることに異常に長けているといえばSFらしいかな……?
もっとも兵器として、「二度目」を想定している時点で少し問題はありますが……。
以前の戦闘で、僅かに交戦しただけのデータから、必死にイメージトレーニングを重ね、己を磨いていたのでしょう。
そういうのが似合う奴だと思います。
ヘルはまあ、普通に暮らしているわけですし。彼が戦闘の勘を鈍らせないようにと訓練する姿は想像しづらいです。
戦いを厭う優しい性格だからこそのヘルだと思いますしね。
まあ、こういうSS書いてて何を言うのか、と言われそうで怖いですが……。
このSSの概念の違いは、一応ウォーカー主任の拍手でお伝えしたとおりです。


そして、イプシロン登場。
いや、単なるネタだったのですが、まさかZe-Sys様が描いてくれるとはおもいませんでした。
凄い申し訳なかったと思いながらも、嬉しさと感謝を全て執筆のエネルギーにつぎ込み、完成を見た次第です。

……出番、少なくてすみませんでしたぁ……ああう……。

追伸
そうそう、イプシロンはあのデフォルメが出来る前から、セカンドモデルを想像してました。
脳内妄想では、あの小さなミュー達同様のサイズで作られたイプシロン――
ファーストモデルが全ての最初の機体で、七機が製作された、と言う点までは本物のイプシロンと同じようになぞらえております。
そのうち(ココから脳内設定)、その七機全てが何らかの問題で全て現状では起動できないのですが、
うち一号機は大破、二号機は発展型の機体の開発用に再開発され、後のツヴァイやツェンデントの元機体に。
三号機はパーツの保存を兼ねて保存(ただしシステムに問題があり起動不能)、
四号機・五号機は新型パーツの互換性が上手くいかず大破、
六号機は起動実験中に大破、七号機はその後完成を見るも、
以後のミュー達のデータの礎となるためにあらゆる実験を行い、機体自体の寿命を迎えた――となっています。
そしてこのSDイプシロンは、パーツの残っていた三号機を、現状のミュー達の技術、
そしてヘクスから得たハードウェア・ソフトウェア双方の技術をガンマの手で融合して完成したもの――
それがこのSSで出てきたイプシロンSS−U……ああ、脳内妄想ですね……ああう……。

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