第3話 開戦



サンド島 09月27日

サンド島の朝は人にもよるが、大分遅い。
平和な時代に在る僻地の軍事基地なぞクソの役にも立たん、というバートレットの言葉通り、いたってのんびりしていた。
つい、この前までは。
だが現在、サンド島は戦闘態勢になっており、その所為か普段よりも皆起きる時間が早まっている。


搭乗員待機室 同日 10時30分

「このサンド島沿岸に、国籍不明の不審船が接近するのをレーダーが捉えた。また、当該船舶から無人偵察機とみられる物体が射出されたことも確認されている。偵察活動を終えた無人偵察機は、回収されるために不審船へ戻るものと予測される。回収される前に無人偵察機を補足、破壊し、その偵察活動を阻止せよ。なお、船舶への攻撃は許可あるまで禁ずる」
いつもよりもブリーフィングが短かったのは、おそらくペロー司令の前口上が無かった事と、ダヴェンポートが静かだったからだ。
前者は普通にどうでも良いが、後者はおそらく前回の時と、さっき無言で差し出された『クジの結果』だろうな。
そう、どうでも良い事を考えながら、装備を整え、F−5E『タイガーU』に乗り込み、エンジンを回す。
「…?」
回転数が思ったよりもゆっくりと伸びる。
全機に確認を取る為に通信をON。
≪ブレイズから全機へ、回転が上がりにくい≫
《ブービー、お前もか。ナガセのも前回の時よりも上がり難くなっているらしい。こいつはどうやらオーバーホールになりそうだな。機体申請しとけ。希望はある程度なら聞いておいてやる》
《了解しました》
≪了解、あとでナガセと相談する≫
《よし、じゃ、蝿叩きしに行くぞ》
と言い、上がる一番機。
続いて二番機が上がり…
《…おい、ブービー!早く上がれよ!!今日はお前が三番機だろ!》
≪…あ、すまん。忘れてた。今回はあんたがブービーだっけか≫
他意は無かったのだが、その台詞でダヴェンポートは腐ってしまった。

サンド島沿岸部上空 同日 11時12分

《サンダーヘッドから全機へ。情報収集船に戻る無人偵察機あり。回収を許すな。空中で撃ち落とせ。なお、不審船への攻撃は禁止する》
《あいよ。聞いたな、野郎ども?ターゲットは無人偵察機だ。全部落とすぞ。それと、船には発砲するなとのお達しだ。いいな? 》
サンダーヘッドから伝えられた命令に念を押す為、バートレットは聞いた。
《エッジ了解》
≪ブレイズ、了解≫
《チョッパーりょーかい》

目視出切る距離まで近づいた時、通信が鳴った。
《おいブービー》
《んぁ?オイラ?》
間抜けな返答をしたダヴェンポートにバートレットは突っ込みを入れた。
《お喋り小僧、お前じゃない》
《………》
完全に腐り切ってしまったダヴェンポートの一切を無視し、レイジは溜息混じりに返した。
≪ブレイズです、万年大尉殿≫
《やかましい。お前がまず撃ち落してみろ》

―無人偵察機にミサイルは勿体無いな…
  機銃訓練のつもりでやってみるか。

≪ブレイズ、了解≫
《おう、お前の機銃のお手並みを拝見させてもらうぞ!》
その言葉に苦笑いを浮かべ、呟いた。
「人が悪い…」
ミサイルを使うつもりは無かったが、もし使っていたら後で何を言われていたかがハッキリ予想出来た。
回転数を少しだけ上げて、速度を上げ、先頭に出る。
「さてと…やるか」
そう呟き、トリガーを引いた。

次々と撃墜していく様を見、バートレットとナガセは違和感を感じていた。
演習時の成績と、今の実戦時の動きがまるで噛みあっていないのだ。
特に、実際に演習相手として相対していたナガセの違和感は、警鐘を鳴らすほど強く感じていた。
確かに無人偵察機は機動が甘いどころか、緩すぎる。
だが、演習成績の事から考えても、あの機銃の命中率はおかしいと考えざるを得ない。
見た所、殆どを命中させて落としている。
無駄なヨーもロールも使わず、全て最低限の動きだけで落としている。

―まさか、今までの成績全部ブラフって事は無いよな…?

二人が思考の海へ入り込もうとした時、最後の無人偵察機が撃墜された。
≪三番機、全偵察機撃墜。サンダーヘッド、確認を≫
《こちらでも確認した。今そちらに不審船を拿捕する為、海兵隊を向かわせている。不審船を監視せよ》
≪了解≫
《よくやったブービー》
とりあえず労いの言葉をかけつつも、バートレットは内心から疑問が噴き出すのを禁じえなかった。
が、その疑念はサンダーヘッドによって取り合えず脇へ置かれる。
《サンダーヘッドからウォードック隊全機へ警告!国籍不明機多数の接近を探知!!方位は前回と同じ280!》
ヒュゥ、と口笛を吹き、バートレットは機首を国籍不明機とは逆の方向に向けながら全機へ通信を入れた。
《向こうはどれだけの数を国境に揃えてんだ?こっちはこの4機っきりだぜ。そら、避退しろ。こっちだ》
それに追従する三機だが、一機だけ遅い。
ダヴェンポート機である。
《間に合わねぇよ、追いつかれる!》
悲鳴混じりの愚痴に、バートレット達は機首を背後へと傾けた。
《今日はお前がドンジリだったっけか、ロックンローラー。待ってろ。助けてやる》
その言葉と、背後から襲い来る機銃の嵐にダヴェンポートは急旋回しながら答えた。
《今日はくじ引きで負けたんだあぁあ!》
ダヴェンポートが必死で逃げるが、敵機も喰らいつこうとしている。
急旋回、縦一回転、様々な機動を使うが敵機もそれに追従。
《ぐぉぉぉおお!!脳みそが片っ方によっちまうぜ!!こうなりゃ燃料切れまで逃げ切ってやる!》
と、言った矢先にミサイルアラートの表示が出、やべぇ、と言う悲鳴を上げる直前。
爆音と共にアラートは解除された。

《ハートブレイク・ワン、交戦、一機撃墜》
その直前にバートレットはミサイルを発射し、一機撃墜した。
同時にバートレットは叫ぶ。
《お前らも見てねえで、降りかかる火の粉はさっさと払え》
《攻撃確認、反撃します。エッジ交戦》
《了解!チョッパー交戦!!》
《バートレット大尉!?》
サンダーヘッドの注意が飛ぶが、最早誰も気にしていない。
自分に銃を突きつけられた時、話し合いで解決しよう、という言葉を放つ人間は軍には必要無いのだから。
《ウォードッグ、交戦許可はまだ出していない!》
というサンダーヘッドの言葉と敵機の回避機動に、ブレイズは淡々とした口調と空戦機動で返した。
≪石頭、『まだ』なら、『今』出してくれ。ブレイズ交戦、一機撃墜≫
その怜悧な言葉と灼熱のミサイルによって両者が撃墜され、バートレットは口笛を吹く。
《ブービー、全部落とすぞ!》
≪了解≫
《交戦許可無しで撃墜だと?何を考えているんだウォードッグ!》
撃墜からすぐに立ち直ったサンダーヘッドが再び注意を促すが、当然のように皆無視を決め込む。
バートレットの背後に敵機がつくのを目撃したレイジは、それを倒すべく機首を傾けようとした。
その時。
《隊長の後ろに一機、撃墜します》
という言葉と同時にバートレットの背後に居た機が機銃掃射により撃墜された。
ナガセ機である。
《ほいよ。やるじゃねえか》
《ありがとうございます。…でもやはり無人機とは挙動が違う…》
最後の呟きに、レイジが反応した。
≪そうだろうな、『生きている』んだからな≫
皮肉めいた口調に黙るナガセ。

《…サンダーヘッドからウォードックへ。敵機増援確認、機数4、ウォードック、交戦許可を出す》
今さらながらの交戦許可に苦笑するレイジ。
二機ずつ、バートレットとダヴェンポートの方向へと向かってきている。
《あいつ俺の正面をかすめたぞ!》
その焦りを帯びた口調に再度レイジが反応し、レーダーと自身の視界を使って探る。
斜め上、前方にダヴェンポートが敵機に前後から挟まれている状態を確認した。
ナガセはバートレットの援護に回っているから、大丈夫と判断したレイジは機首を上げ、A/B(アフターバーナー)を使ってダヴェンポート機の援護に回る。
《撒いたか?…畜生ダメか!!あいつ俺より腕が立つ》
くそったれ、という台詞を飲み込み、いつもの軽口を叩くパワーを全て回避に注ぎ込むダヴェンポート。
だが、レイジが援護する事に気付き、背後の敵に誘いをかけ始める。
そしてその数秒後、ミサイルがダヴェンポートの背後にいた敵機に喰らいついた。
大きく溜息をつき、前方の敵機を撃ち落しにかかるダヴェンポートの通信機にナガセの声が割り込んだ。
《チョッパー、応答して》
《取り込み中だ、後にしてくれ!》
普段よりも余裕が無いその口調にナガセは緊張するが、レーダーを見るとレイジが側に居る。
レイジがダヴェンポートの援護に回っているから、大丈夫と判断したナガセはそのまま敵機を追尾した。
《敵機追い詰めています。でも、一体何が目的で…?》
≪エッジ、今はまだ考えるな。余計なモノを考えながら交戦できる程、俺達はベテランじゃない≫
レイジの叱責が飛び、ナガセは気を入れ直した。
《そうね…ありがとう、レイジ》
≪ブレイズだ≫
その頑固なまでの口調に戦闘中にも関わらず、ナガセとバートレットは笑みが零れた。

《なかなか後ろが取れねぇ…取れた!》
同時にミサイルを撃ち込むが、タイミングが合わずに回避される。
《くそっ、あたらねぇぞ!》
《繊細さが足りねぇんだよ、ナガセを見習え》
そのバートレットの口調に、ダヴェンポートは返した。
《オイラはロックンローラーなんだよ!》
≪…いや、音楽屋なら余計に気を遣えよ≫
茶々を入れ、ダヴェンポートがてこずっていた相手をレイジがあっさりと撃墜した。
《全ての戦闘機の撃墜を確認》
《あ、テメ、何人の獲物を…》
≪撃墜しない方が悪い。そういえば、今回の結果成績も四番機もあんたがブービーだったな≫
言葉を飲み込み、目を白黒させているダヴェンポートが目に浮かぶ。
そこで、ふと、気付いた。
警告音がまだ鳴っている事に。

《まだ警報が解除にならない、引き続き対空警戒を怠るな》

だが、空中には敵は居ないはずだ、が…
そこに、天啓とも言える冷たい閃きがレイジの脳裏によぎる。
まさか…!?

≪《気をつけろナガセ!敵は下にもいるぞ!》≫
レイジとバートレットがまったく同じタイミングと口調で叫んだ。
だが、その時には不明船から携帯式地対空ミサイルが発射され、それは近くに居たナガセを追尾し始める。
《くっ…!!》
左右に機体を振るが、機体にガタがきている為か、100%の機動を描けず、ミサイルが吸い込まれていく…
その直前、ナガセの後ろに一機のF−4G―バートレット機だ―がピッタリと付いて一気に機首を翻す。
エンジンの排気量がF−5Eより多いF−4Gに向ってミサイルは目標を変更し、バートレットを追い始め、そして、何回かの回避運動の後にミサイルは右主翼に命中した。
黒煙を上げ、徐々に墜落していくバートレット機にナガセは悲鳴を上げる。
《隊長!》
《ばかっ!涙声なんか出すんじゃねえ。ちょっくらベイルアウト(脱出)するだけだ》
ナガセよりも撃墜された本人の方がふてぶてしい声を出している。
それを聞きながらブレイズはサンダーヘッドへ通信を開いた。
≪ブレイズからサンダーヘッドへ、ハートブレイクワンが撃墜された。至急向かわせている海兵隊に救助の手配を頼む、それと…≫
《機体なんざ消耗品。搭乗員が生還すりゃ大勝利だ。救難ヘリと俺の予備機の整備の手配、頼んだぜ》
≪―隊長の機体の予備機の整備も要請する≫
《サンダーヘッド了解、至急手配する》
《おう、すまねぇなブービー。じゃあまた後で、な》
その言葉と共に、F−5Eから脱出したバートレットを確認し、一応の安堵の息をつく全員。
ナガセを除いて。
それに気付いたレイジがナガセに向けて通信を入れる。
≪ナガセ≫
《…え?》
≪ミスは誰にでもある。それよりも生き残れた事を感謝しろ≫
ぶっきらぼうな口調。
だが、その口調に込められた真意を悟り、ナガセは小さく肯定した。

《警報!警報!ウォードッグ全機 至急基地に帰還!》
突如、切迫を帯びた口調で基地帰還を促すサンダーヘッドに対し、ナガセが反論する。
《救助ヘリの到着がまだです》
《救助隊に任せろ!基地で燃料弾薬を補給して再発進!敵は宣戦布告した!》
《な…っ》
《なんだってぇ!?》
やはり、という思いがレイジを支配する。
メールでのやりとり、サンダーヘッドの帰還命令。
示す事実は一つしかない。
ユークトバニアが宣戦布告したのだ。
≪了解、全機、至急帰投する≫
そう通信を入れ、機首を基地へと向ける。
なかなか同じ方向に向けようとしない二機に、レイジは苛立つ。
≪隊長は海兵隊に引き上げられる。俺達は今俺達にしか出来ない事をすべきだ。ナガセ、ダヴェンポート、違うか?≫
《…そう、ね…》
《お、おう》
珍しく強い口調を発したレイジに気圧される二人。
≪急ぐぞ。『敵』は待っちゃくれない≫
《了解》
《おう》

レイジは帰還中、考えていた。
このタイミングでの仕掛け、そしてあの二人の事を。
戦争になってしまった。
敵対国にいる、親しい恩人。
生きる伝説の、親しい兄代わり。
彼等もこの戦争に巻き込まれてしまうのだろうか。
一人は確実だが、もう一人には巻き込まれて欲しくは無かった。
それがどう言う意味を指すのか、明白だからだ。
全面戦争。
世界大戦。
その言葉に怖気を感じ、強く首を振る。
飛び火しなければ良いのだが…
そう思い、帰還するレイジだったが、予想が当たってしまっていた事を自身が知るにはもう少し先の事になる。

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