02話 INTER MISSION:暗雲、そして。

サンド島基地宿舎 レイジの部屋 
ドアを閉め、明かりをつける。
最低限の備品以外何も無い、簡素な部屋が白色灯の明かりの照り返しを受け、更に簡素に見える。
息を大きくつき、頭を振る。
国籍不明機との交戦と、それを撃墜、生還した後の騒ぎは尋常ではなかった。
まず、バートレット大尉は譴責。
「毎度の事さ、また怒られてくる」
と笑って司令室へ行ったのをぼんやりと見送った後が大変だった。
まず、基地内に残っていた下級士官、整備士などから大変な歓迎を受けた。
久しぶりにアルコール解禁となり、宴会モードへ突入したのだ。
宴会になる前に、レイジは一人自室へ戻り、ある人物達へ今日の事を書いてメールをした。
無論、基地経由だとバレる可能性があった為、ある人物から渡された専用コードを使っている。
送信完了の合図を見、電源を消して元の位置に戻し、レイジは食堂へ向かい、宴会へ途中参加した。
そこでレイジが発見したのは、意外にもケイが見た目よりも飲めた事と、予想外にダヴェンポートが酒に弱かった事だ。
まず、ダヴェンポートが陽気に、だが音程外れのロックンロールを謳い始め、がなりだし、レイジに絡みまくった。
撃墜数がどうだの、次からは撃墜数を競おうだの、ロックはハートだの、話題が彼の戦闘機動よりも唐突に飛ぶ飛ぶ。
溜息を押し殺しつつ、ラム酒他様々な酒を飲ませ続けて撃墜した。
次に、ナガセ。
普段静かだが、酒が入るとスイッチが入るのか、普段の倍以上は話し、話し掛けて来、少しだけ笑顔が増える。
といっても、周りの連中から見たら余り変わっていないように見えるのだが、レイジだけは何となく嫌な予感がしていた。
予感は的中した。
一方的な会話中、ふらっと後ろに倒れかかったのでとっさに片手を出し、受け止めた。
予感大的中。
既に意識が無くなっている。
結局スヤスヤと眠っているナガセを肩に担いで部屋まで送り届けるハメになった。

最後に、バートレット含むその他全員。
「おう、ブービー、お前がキッチリ送ってけ!送り狼になるなよ!」
その台詞にどっと笑う整備士達。
「するわけないでしょうが」
そう言い、肩に担ぎながら女性宿舎に向けて歩き出す。
と。
「おう、坊主!地上なのにテイクオフすんなよ!」
という整備士の下世話な野次に周りは更にテンションが上がり、勝手な事を言い始めるその他一同。
中にはレイジとナガセのその後の関係について賭けをし始める者も出てきた。
レイジはこの島に来て親友となりつつある激しい頭痛がぶり返してきた。
「…ド阿呆どもが」
何と言うか、このメンバー全員かなりタチが悪い。

女性用宿舎までの道中、やたらと奇異な視線を投げかけられるが、一切を無視してナガセの部屋に入り、スイッチをつける。
明かりによって照らされた部屋は、簡素ではあるものの、意外と言うと失礼になるが、女性らしい部屋であった。
ドレッサーに化粧品まである。
軍に入っても女を捨てていない証拠を見つけ、少しだけ笑う。
とりあえず、肩に担いでいる『荷物』をそっとベッドに横たえ、呟いた。
「お休み、良い夢を」
そう言い、ドアを開けようとした所だった。
「…レイジ?」
振り向くと、ナガセが眼を開けていた。
「起こすつもりは、なかったんだがな」
「んー…」
んー…?
近づき、指をパチンパチンと鳴らしてみる。
反応が余り無い。
というか、無い。
全然無い。
むしろ一切合切何も無い。
「…もしもーし?おきてまーすかー?」
「んー…」
…駄目だ、アウトだったか。
溜息を一つつき、瞼を閉ざす為に手をやろうとして―
ガバッ!
「うぉ!?」
ナガセの上半身がまるでバネ仕掛けのように起き上がり、布団がベッドからずり落ちた。
とっさに手、否、体全部を後ろに下げてなければぶつかっていたかもしれない。
「レイジ!?何で私の部屋にいるの!?」
「は…はぁ?!」
レイジは今年初になる素っ頓狂な声を上げた。
憶えてないのかよ!という言葉を、ジャパニーズサラリーマン並の驚異的な忍耐と世間体により苦労して飲み込み、今までの情況を説明した。
説明し、弁明し、他意有って部屋に入ったのではない、と締めくくった時には既に40分が経過していた。
締めくくった後、何だかレイジは泣きたくなってきた。
「…わかったか?」
返事は、寝息。
…レイジの頭痛が更に酷くなった。
体育座りをするような姿勢で器用に爆睡しているナガセを元の姿勢に戻し、布団をかけてやり、音を立てずに早足でドアに向かい、開け、音を立てないように閉める。
そこで大きな大きな溜息をつく。
ふと、視線を感じ。
そこには何故かバートレットと潰したハズのダヴェンポートが腕組みをし、ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべ立っていた。
「…何の用だ?」
「お、上官にタメ口とは随分なご挨拶だな、ブービー」
「別に。ダヴェンポートにいっただけですよ、万年大尉殿」
そう切り返し、さっさと宿舎から出て行こうとする。ここは女性用宿舎なのだ。あらぬ疑いがかかる前に自分の巣へと戻りたかった。
「いやよ、ちぃとばかしハナシがあるんだがな?」
「…とりあえず、外に」
そう言い、早足で宿舎から出る。
外へ出て、内ポケットから携帯灰皿を取り出し、今正に吸おうとしているバートレットへ投げつける。
器用にそれを片手で受け止め、親指を立てる。
「…で、なんなんですか、一体?」
…その先は余り語りたくない。
下世話な質問が飛び交い、全てを回避するのにバレルロール8連続する位の体力と気力と忍耐力を消費し、ハナシの隙を突いて会話を切り上げ、自室へ戻った。
体をベッドへ投げ出し、ぐったりと脱力する。
「…つか、担いだだけでスリーサイズわかるかよ…何もしてないし…」
という彼の一言が全てを物語っていた。


暫くして―
ふとレイジは起き上がり、備え付けのPCではなくベッドの下に置いてあるノートPCを起動する。
パスを入れ、デスクトップ上にある一つのフォルダをクリック、その中にあった大量のファイルの一つを開く。
ファイルを開き、ネットが繋がると同時に、メールが一通。
険しい表情でそれを開く。
そこにあったのは―

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―二人へ―
まずは、謝らくてはならない、ごめんなさい。
私の目を掻い潜って、どころの話じゃなくなっていたわ。
 ニカノール首相は行方不明。
  どうやら、軍部お得意の『静かなるクーデター』が始まっていたらしいわ。
首相達融和派中心部の姿が一昨日からどこにも見えないの。
 それと、不明なフライトプランがあって、部隊は―
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「やはり、あのMigはユークか」
そう呟き、険しい顔で続きを読む。


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あと、ユークトバニアはユーシア連邦サンド島所属の飛行隊に二度攻撃された、という情報を軍部が先程から民間の放送で流しているわ。
 二度、という事は、そっちへ領空侵犯して撃墜された回数と同じね。
  ご丁寧に証拠として機内にビデオテープとジャーナリストを仕込んでいたらしいわね。
 撃墜される瞬間までの映像をリアルタイムに流しているから、国民の感情は開戦へと向かっている。
でも、今回の動き、どうにもきな臭いと思わない?余りにも早く、静かにクーデターが起こってる。
 明らかに大きな流れがあると思うの。
それを突き止めるために色々調べてみるわ。
後手に回るのがそろそろカンに触ってきたところだしね。
PS.少年、君とは空で敵として遭うかもしれない。その時は覚悟を決めておいて。
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「…だとすると、面倒な事になるな…」
レイジは、メールの送り主と、もう一人の知り合いに同時返信した。
返信内容は以下の通りである。


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―二人へ―
最近のメールはいつも悪い事しか書けませんし、見れませんね。
 ですが、今回はおそらく最悪な事態を示唆しております。
ユークトバニア。
あなたがたのメールの内容、資料から推測するに、おそらく彼等は一週間しない内にユーシア連邦に宣戦同時多面攻撃を仕掛けてくるでしょう。
理由は3つ、至って簡単な事です。
1つ目は、今を逃せばユーシアに警戒を与えてしまう事。
 こちらは既にご存知の通り、二度の襲撃にあってます。
  これ以上の戦闘行為は流石に警戒を与えるでしょう。
2つ目は、軍部が民衆をコントロールしきれていない事。
 これは首相達を拉致した事とビデオテープで確信しました。
どちらも、短期の効果しか望めず、かつ、それがブラフだったと気付かれた時には破滅が待っているからです。
 これを打破するには連続的な勝利。
  かつてのベルガと同じような手法ですね。
3つ目は、俺ならそうするからです。
 今この機を逃せば、戦争の早期決着を望めない事は明白です。
  ならば、この機を逃さず、畳み掛けてしまう事が必定ですから。

そして、この流れは多分、もうこちら側でもそちら側でも止められない情況になっている事でしょう。
 ですが、それよりも心配なのはあなたがたの両方の祖国の事です。
二方の祖国で何かよからぬ事が起きている、そんな予感がしているのです。
 根拠は一応あります。
ユリシーズ戦争後、ISAFは友好国と自国の不穏分子を潰す為の火消し役になりました。
 そして、今回の戦争がもし起こった場合、国力が回復してきているISAFは恐らく調査、調停をするでしょう。
もし、ユークトバニアがそれを邪魔に思っていたら?
 そう考えると、英雄暗殺未遂もある程度までは納得がいける理由になる、かもしれません。
  これが根拠です。
たかが20にも満たない若造の予感と根拠なぞ、まったくもって信用ならないと思います。
 ですが、そちらもどうかお気をつけて。
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送信をクリックし、溜息をつく。
まったく馬鹿げている。
もし本当にユークトバニアがユリシーズの英雄を殺そうとしているなら、それが明るみに出た時に一気に不利になってしまう事は誰の目からも明白だ。
いや…不利になるどころの話じゃない。下手をすれば全世界を敵に回す事になる。
『英雄の死』とはそれほどまでに絶大な効果を持っている。
だから、反論される事を期待して送ったのだが。
翌日、バートレットが撃墜され、宣戦同時攻撃を知り、彼等の返信メールを見て、その期待は脆くも崩れ去ることになる。

余談だが、このメールの内容を読み返し、自分が真実の端を突いていた事を知るには数ヶ月の時を要する。

首を振って考えを振り払った時、不意にノックが聞こえた。
「あいてるが?」
ドアが開き、入って来たのは―
「珍しいな、ダヴェンポート。何の用だ?」
「いやよぅ、お前、MDコンポはあるか?」
「見ればわかるだろう?」
言外に無い、と言うレイジに大袈裟なリアクションを取るダヴェンポート。
「おぉいおい!しかたねぇなぁ、ちっと待ってくれ」
そう言うと、慌しくドアを開けてどこかへと行く。
そして数分後。
「何だコレは」
「何だって、MDコンポ。オイラこれよりも高性能のヤツを自分の部屋においているからな」
「いやそうじゃなくってな」
溜息。
部屋の一角を占拠された事に頭痛を覚えつつ、聞いた。
「何でお前のコンポをここに置かなければならないんだ?」
「音楽きかねーの?」
唐突に真剣な口調で返され、言葉に詰まった。
「い、いや、聞かなくは無いが…」
「なら置かせてくれよ、ついでにこれも聞いてみてくれよ、ブラザー」
誰が兄弟だ、と呆れるレイジ。
勝手に配線をつなぎ、電源を入れてMDを差し込むダヴェンポート。
最早何を言っても無駄だと思い、椅子に座る。
だが、その流れて来た曲。
それは―
「これは…」
顔色が変わった事にダヴェンポートは小さくガッツポーズを取る。
「良いだろ?BLURRYって言う曲なんだ。オイラが大好きなバンドの中でも1、2を争う名曲さ」
あぁ、と頷き、瞳を閉じて真剣に聞く。
最後まで聞くと、レイジは呟いた。
「締めのギターが良い、歌詞も俺好みだ。ベースの使い方も俺が好きな方法を使ってる」
「おぉ、ブービー、お前ベース弾け―」
ゴッ!
「いってえ!!何すんだよ!」
「ブービー言うな、たわけ。ただでさえ親爺さんにもそう言われ始めてるんだから、これ以上空の、しかも別コードで呼ばれるのはご免だ。わかったな?」
拳をポキリポキリと鳴らしながら近づくと、降参ポーズを取って謝り始めるダヴェンポート。
「わーった!わーったからその拳はしまっとけ、ブラザー。何でもかんでも暴力で解決するのは旧エルジアみたいな軍のやりかただぜぃ?」
その言葉に混ぜっ返す。
「どっちにしろここは軍だがな」
「うちらは平和な空を飛びたいからこっちへ来たんだよ。違うかねブラザー?」
「…わかったから、その妙なアクセントでブラザーと呼ぶのはやめれ」
溜息をついて椅子に座りなおす。
「ま、お前さんにもロックの魂があると見た」
「…まぁ、あるかもしれんが」
正直、あの曲は相当気に入ってしまった。
歌詞もかなり好きな系統だ。
ベースも少し練習すればカバー出切るだろう。
「次、色々なのを編集してきてやるよ。リクエストは何かある?」
「色々あるが…」
メジャー系のロックバンド等を中心に色々な曲をリクエストする。
洋・邦問わず。
それをメモ帳に書き、全て終えた時、ダヴェンポートは口笛を吹いた。
「オイラが持ってるのしかねーーーー!!」
呆れながら、ドアを示す。
「もうけーれ。流石に眠いぞ」
「いけね、もうこんな時間か」
時計は翌日を回って一時間経過していた。
「スクランブルがでても間違いなく俺が起きれないからな」
「悪い悪い、じゃ、編集しとくよ」
そう言い、手を振って出て行くダヴェンポート。
MDの電源を消し、ついでに全部の電気を消す。
「………」
ふと思案した後、MDの電源をつけ、ボリュームを絞ってリピート再生をかける。
一曲しか入ってないMDから、また音楽が流れる。
それを耳にしながら、レイジは眠りについた。

今夜は久しぶりによく眠れそうだ。

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