極西の飛行隊

サンド島基地・搭乗員待機室 09月23日 08時51分
「諸君!楽にしたまえ…といいたいところだが―」
サンド島、否ユーシア軍随一の濁声濁頭と言われているオーソン・ペロー司令お決まりの長前口上が始まり、バートレット大尉以下十名にも満たない待機員含む航空隊メンバーは一斉に心と耳に蓋をした。
作戦説明をするオペレーターも副官のハミルトンも例外ではない。
例外なのは、『どうでも良い人物リスト』と書いて『馬鹿・駄目人間』と読む脳内リストにランクインしている者の台詞は耳からすり抜ける特技を持つレイジと、単純に忍耐力があるケイ・ナガセである。

そして、十分後。

「―では、ブリーフィングを始める!」
という魔法の言葉に、全員の耳と心を閉じていた蓋は反応した。
咳払いをし、オペレーターが説明を始める。
「我がオーシア連邦領空に、再び国籍不明機が浸入した」
次々とモニター画面の中に情報が記されていく。
「国籍不明機は高高度を行く戦略偵察機である事が確認されている」
モニターに国籍不明機のデータが表示され、黒く細長く、鋭角なフォルムを持つ機体が映し出された。
「あれは…SR−71ブラックバードか」
思わず呟いたレイジに、隣にいたダヴェンポートは反応した。レイジを肘でつつく。
「何、知ってんの?」
レイジはモニター画面から眼を離さず、オペレーターの言葉から耳を傾けながら頷いた。
「…U−2偵察機の後釜として作られた超音速飛行可能の高高度偵察機で、高度2万kmをM3.3で飛行し、迎撃機を気にせず偵察可能な高性能機体だ。ちなみに値段はかなり高めで重要偵察任務以外では余り使われないはずなんだが…」
値段云々の方は自信は無いが性能はあっているはずだ、と付け加える。
「へぇ〜、詳しいんだな、お前」
感心したと言わんばかりの口振りに、レイジは肩を竦め、相変わらず顔はダヴェンポートには向けず、更に小声で答えた。
「基本だ。それに演習成績が劣る分は頭で勝負しないと、な」
「うへぇ、インテリってヤツか…オイラにゃ無理だな。腕勝負の方が良いや」
そう言い、そういえば、と付け加える。
首で先を促すレイジ。
「まだ三番機と四番機、決めてなかったよな?」
「俺は何番でも良い」
「いや、折角だからコレで決めようぜ」
といって、差し出してきたのは、紙をねじった簡単なクジ。
「右か左、どっちにする?オイラは作った方だからそっちからどーぞ」
遊び心も程ほどにな、と呆れながら小さく呟き、素早く右を取る。
開くと『ドンジリ』と書かれている。
「……」
頭痛を覚え始めるが、とりあえずそれを無視して横目で書いた本人を見る。
と、ダヴェンポートの持っている紙には『セーフ』と書かれていた。
ふと、視線を戻し、手に持っていた紙をさりげなさを装ってポケットの中に入れる。
「よっし!オイラ三番!!」
そこで、大きな咳払いが聞こえた。
気付くと半数から注目を浴びているダヴェンポート。
レイジは涼しい顔でモニター画面を見ているフリをしている。
「ぇ?何でオイラだけ見てるの?」
「ダヴェンポート少尉。君の声は大きすぎる。それにブリーフィング中に私語とはな」
その言葉にハハハ、と乾いた笑いをあげるお喋り小僧。
「ダヴェンポート少尉、作戦終了後、格納庫の掃除を手伝う事。それと、聞いていなかったようだからこれだけは言っておく。交戦は許可が出るまでするな。以上、出撃」
その言葉に出撃メンバーは手早く格納庫に向かった。
ポツン、と残ったのはダヴェンポートとレイジ。
「…何でオイラだけ…」
「損な役回りをする奴はどこまでも損な役回りをするものさ。ほら、出るぞ」
ポン、とダヴェンポートの肩を叩き、格納庫に向かうレイジ。
慌てて追いかけ、ダヴェンポートは叫んだ。
「んなの納得いくかよ!!」


ランダース岬沖 09月24日 11時01分


藍色の機体が、青色を消し始めている雲空を駆け抜け、それに追従する機体が三機。
サンド島分遣隊、通称ウォードックである。
全員のレーダーに赤い光点が映り始めた。
機数はブリーフィングの情報通り1。
《こちらウォードック、ハートブレイク・ワン、これより目標に接敵する》
《こちら空中管制機、サンダーヘッド了解。強制着陸させよ。ウォードック各機、発砲は禁ずる。繰り返す、発砲は禁ずる》
《聞いたか、ひよっこども?》
バートレットの言葉にいち早く反応したのは二番機を務めているケイ・ナガセである。
《二番機、了解》
《三番機、りょーかい》
それに続けて、ノンビリと砕けた口調で言ったのはダヴェンポート。
しかし、四番機の言葉が無い。
不審気にバートレットは繰り返した。
《おい、四番機、ブービー!聞こえてんのか??》
≪…ぁ?あぁ、了解≫
作戦完了後、確実に修正されるであろう、その余りのやる気の無い口調にナガセは唖然とし、ダヴェンポートとバートレットはにやりと笑う。
《返事だけは一人前だな。だがそのふざけた言動だけはやめとけ、ブービー》
≪了解、それと、自分のコールサインはブレイズです、大尉殿≫
《ドンジリはドンジリだろが》
演習成績、そして自分の現在の順番を指したその言葉に苦笑するレイジ。
無線機の向こうでにやついているバートレットが目に浮かぶ。
《…やぁれやれ、俺ぁ今回クジに勝って3番機でよかったぜ、ありがとさんよ、ブービー》
にやけた口調でレイジをからかうダヴェンポート。だがそこに横槍が入った。
《黙れ、アルヴィン・H・ダヴェンボート少尉。お前も何かあだ名で呼ばれたいのか?》
バートレットである。
わざわざフルネームで呼ぶあたり、嫌がらせをしてやるという意思表示をしているに等しいその言葉に、ダヴェンポートも負けてはいない。
《自分を呼ばれるなら『チョッパー』であります。それ以外では応答しないかもしれないであります》
むしろしないぞ、と言わんばかりのふざけた口調にバートレットは、にやりを含んだ口調で切り返す。
《それは実にお前らしい呼び名だが、俺は心の中ではもっと別の名でお前を呼ぶ。いいか?》
その時の全員の心の中は、こうである。
『お喋り小僧』だろうな、と。
《勘弁してくれよ…》
その時、視界に件の偵察機が映り、全員の雰囲気が引き締まった。
《お喋りはここまでだ。ゆくぞ》
そう言い、偵察機の背後方向に機首を傾けるバートレット。
それに続いてナガセ、更にダヴェンポート、最後にレイジと続く。

偵察機『ブラックバード』は片翼から煙が出ており、失速、墜落しないギリギリの速度で飛んでいた。
SAM(地対空ミサイル)がクリーンヒットしたのだろう、素人目からみてもいずれは墜落するというのが判る程、損傷が激しかった。
《おしゃべり小僧チョッパー》
唐突に無線機がそう言い、ダヴェンポートは顔をひきつらせた。
《うっ、俺のあだ名はそれかい…》
《そうだ、おしゃべり小僧。お前は漫談の才能がある。一つ、誘導勧告をしてくれねぇか?》
マジかよ、という言葉を飲み込み、
《どーかご自分で》
《悪いな。俺は人見知りの癖があってなぁ。こういうのは苦手なんだよ》
《…ならブービ…》
≪断じて断る≫
ハッキリキッパリなその即返答がトドメとなり、小さな悪態と共にダヴェンポートは折れた。
《…ちぇ。あー、あー、国籍不明機へ告ぐ。すぐに進路を変更して当機に従え―》
《おーいいぞ。中々上手いじゃぁないか》
バートレットはそれに煽りと茶々をかける。

レイジは呆れながら最後方からその一連のやり取りを見ていた。
―ガキLvの嫌がらせすんなよ…

《―あー、最寄の飛行場へ誘導する。了解したら、ギアダウンしろ》
と締めくくったダヴェンポート。
だが、偵察機はそれに反応せず、機首を傾けた。
《おいおい、逃げる気か!?》
《逃がさねぇようにするのが俺たちの仕事だ。追尾して必要ならば威嚇射撃を行え》
《えぇ!?いや、それはちょっとマズいんじゃないの?》
《隊長、お言葉ですがそれは…》
レイジ以外の反論を喰らったバートレットは、苦笑しながら、
《冗談だ、冗談》
そう言ったバートレットだったが、内心は結構本気であったのは想像に難くない。
と、その時。
《サンダーヘッドから各機へ警告!方位280、高度6000から4機の国籍不明機が接近!なお、命令あるまで発砲は禁ずる!》
《海を越えて偵察機の帰還援護に来るとは 殊勝な奴らだ。それでこそ戦闘機だぜ。それ、方位280にヘッドオン!》
追跡を解除し、方位280へと機首を向ける。
列機がそれに追従する。
目視可能距離まで近づけた時、レイジは眼を見開いて呟いた。
「あの色は…」
Mig−21bis『フィッシュベッド』と呼ばれる機体である。
小型軽量かつ安価、単純機構により整備がし易い機体で、どの国にも採用されたベストセラー機であるが、如何せん古い機体であり、現在ではFシリーズに押されつつあるロートル機でもある。
それでも未だ全世界に広く採用されている為、機体自体は然程珍しいものではない。
問題はレイジが指摘した色。
オーシアのMigは森林保護色に対して、現在向かい合っている敵機の色。レイジはあの色を一度だけ見たことがある。
「…まさか、ユーク特―」
瞬間、前方に居た四機のMigが一斉に発砲。
一瞬にして機内がミサイルアラートにより赤く点滅し始める。
《おい、撃ってきやがったぞ!!》
初撃は全機急旋回して回避した。
が、Migは諦めずに発砲してきている。
ダヴェンポートが思わず撃ち返そうとした瞬間、通信機から、
《命令あるまで発砲は禁止ずる!》
その言葉にダヴェンポートはキレた。
《ざっけんな石頭!!向こうは実弾じゃねえか!戦闘機だぜ!?》
回避しながらキレるダヴェンポート。ナガセも必死で回避している。
その二人の背後にMigがピッタリと張り付き―
《やべぇ、ふりきれねぇよ!!》
《くっ…!》
という二人の悲鳴とほぼ同時。
背後を取っていたはずの二機のMigが爆炎に包まれた。
直後に爆音と通信。

《ブレイズengage, and Shot down》
《喋ってねえで降りかかる火の粉を払え》

バートレットとレイジである。
《こちらサンダーヘッド。バートレット大尉、レイジ少尉、それは命令違反だ!》
《阿保!これ以上部下を殺せねえんだよ!》
そう怒鳴り返し、部下の援護に回るバートレットを見、ナガセは冷静に、ダヴェンポートは驚き半分、期待半分で返した。
《了解、エッジ交戦》
《戦果ってあげていいのか?やっちゃうぞ、オレ。》
《やってみな》
ちゃらけた言動をするチョッパーとは真逆に、真剣な口調で返し、レイジの背後に居た敵機を機銃で追い払う。
嬉々として機銃を打ち始めるダヴェンポートに注意が飛ぶ。
《無駄弾を使うな!よく狙って撃て!それから、レーダーにミサイルが映ったら必ず回避しろ!》
《りょーかい!》

同時刻・AWAC
《繰り返す!ウォードック全機、発砲中止!》
しかし、次々と敵機を墜としていく光景がレーダーを介して繰り広げられているのを見て、サンダーヘッドは激昂した。
「くそ、何を考えている!」
大尉の気持ちはわからないでもない。だが、今回の命令違反は下手をすれば譴責以上の可能性がある。
サンダーヘッドはバートレット大尉の戦闘能力を高く評価していた。
だから、出切るだけ命令違反をして欲しくは無かった。ただでさえ無能な司令官の目の敵にされているのだ。もし戦争になった時、無茶な任務やここよりも僻地に飛ばされる可能性だってある。あの司令なら個人の感情でそこまでやりかねない。
だから、今回は特に慎んでもらいたかった。
その思いが無残に打ち砕かれた事と、それと国籍不明機への怒りがない交ぜになり、何に対して怒っているのか自分でも把握できなくなりつつあった、その時である。

ピピピ!!

「…うん?」
レーダーに新たな光点が、4…いや、5。
同時に偵察機の光点が消える。
溜息をつき、通信をONにする。

《偵察機墜落。新たな機影、5機確認》
《聞いたか、ひよっこども。後ろは任せろ》
《了解しました》
《りょーかいりょーかい!》
それぞれ返答を返す中、レイジは一機だけ色と形の違う機体が敵に混じっているを発見した。
―あれは、HAWKか…
  どうやら、アレが隊長機らしいな…
   真っ向勝負で撃墜出切る技量は自分には恐らく無い。
 ならば…

《くっ、早い!!》
ナガセがHAWKにヘッドトゥヘッド(真正面対真正面)で発射したミサイルは、バレルロールによってあっさりと回避される。逆にそのまま鋭角機動で背後を取られ、火線と低い唸り声のような音がすぐ真横を通り、
ガ、ガガン!!
という嫌な金属音がし、ナガセ機のHUDが赤く染まった。
《ナガセ!!》
丁度その時、バートレットは突っ込みすぎたダヴェンポートの援護をしており、ナガセの窮地に気付く事が出来なかった。
助けに行こうにも、彼とダヴェンポートの二人…いや、一人と半人前で四機相手にしており、余裕が出来ない。そして、撃墜されたのか、レイジの姿はどこにも見えない。
(ちぃ、マズったか!?)
ほぞを噛みながらも機銃は正確に閃き、一機撃墜する。
その間にもHAWKから火線が延び、ジンギングしているナガセ機を掠っていく。
徐々に狙いが正確になっていくことに気付いたバートレットは、いちかばちかと言わんばかりに機首をHAWKに向けようと操縦桿を捻ろうとした時だった。

唐突にHAWKの真上にあった雲が白煙たなびくミサイルを吐き出し、回避する余裕も間も無くHAWKにヒットし、爆散した。
《!?》
そのすぐ四散した機の真横から真下に向かって落下していく機影。
≪こちらブレイズ。敵隊長機と思われる機体を撃墜≫
レイジは、敵隊長機よりも高高度を陣取り、ナガセに攻撃を集中し始めた瞬間を狙って雲を隠れ蓑としながら敵機の真上へ降下、回避がほぼ不可能である距離300以下でミサイルを発射したのである。
早いハナシが心臓と体に悪いクレイジーな囮作戦である。
更にレイジ機はそのまま鋭角を描き、ダヴェンポートに喰らいつこうとしたMig機を機銃掃射。それは燃料タンクに当たり、撃墜。
口笛を吹き、バートレットは叫んだ。
《良いぞブービー、後で手製の勲章をくれてやる!》
≪…いらんですよ、んなの≫
昔、サンド島正規パイロット昇格祝いにともらった時の物凄いイヤな形をしたメダルを思い出し、凄まじいGを喰らう無茶な機動をした事も手伝って、かなりげんなりしながら最後のミサイルを発射する。
それは狙い過たず、Migを直撃した。
その直前と直後、ナガセとダヴェンポートも一機ずつ落とし、戦闘は終了した。

《こちら隊長機。俺の声が聞こえるか?》
《二番機、聞こえています》
《三番機、バッチリ聞こえてるであります》
≪四番機、k≫
《よーし、全員生き残ったな。全員生還の今日の良き日の記念に、今後、編隊内のどこにいてもお前のことは『ブービー』と呼ぶ》
≪全っ然関係無いでしょうが…≫
疲労感爆裂、と言った感じの返答口調に、ゲラゲラと笑い出すお喋り小僧。
《いーんでね?似合うぜ、ブービー》
≪あぁそうかよ、お喋り小僧≫
と混ぜっ返され、憮然とするダヴェンポート。
《よーし、帰還するぞ》
そう言いながら、バートレットは考えていた。
先の戦闘についての事を。
特に、新米どもの動きについて、だ。

ダヴェンポートは、撃墜数にこだわっている所を直し、味方のフォローを考えさせれば何とかなる。
攻撃的なスタイルはそのままで、フォローの仕方さえ教えれば、後は撃墜されない限り伸びるはずだ。
ただ、意外な程仲間想いな点がそのまま仇とならなければ良いが…

ナガセは航空技術と指揮能力は非凡なものを持っている。あぁ言うのを空戦の天才と言うんだろうな。
サポートよりもどちらかと言うとメインを張った方が伸びる可能性が高い。
ただ、冷静に見えてその実、一番熱くなりやすいあの気性は飛び方にまで出ている。
あんな飛び方しか出来ないヤツは、死ぬか英雄になるかの二択しかない。
何とか自重するやり方を教えないとな…そこさえ何とか出切れば、一番機を任せられるんだが…

そして、レイジか。
あいつは常に全体を見てから行動し、必ず味方のフォローに入りながら、可能ならば撃墜するというスタンスを取っている。考えて行動するまでのラグさえなければ…いや、もう一つあった。
飛び方だ。
あいつの怖い所は、感情と技術と飛び方が切り離されている所だ。
あいつの飛び方は、まるで遊びのような飛び方をする。
どうやったらあんな怖い飛び方が出切る…?
死ぬ飛び方と死なない飛び方と二種類の飛び方があるが、あいつはそのギリギリの境界線を文字通り遊びながら飛んでいる節がある。
注意して見てやらないと、いつか死ぬな…

もし、レイジの視点が今以上に広がったら…?
もし、レイジの思考から行動に対する『ラグ』が今よりももっと少なくなったら…?
もし、レイジの飛び方が今よりも洗練されたら…?
「こいつらは、ひょっとするとスイッチが入れば化けるかもしれんな…」
そう、呟いたバートレットだが、すぐに頭を振り、その考えを追い出す。
その為には、今よりもっと敵を撃墜しなければならない。敵を『生贄』にして強くなる、その撃墜の意味を考えてしまうと、彼等にはそこまでして欲しくは無かった。
無論、理想論だというのはわかってはいるのだが…
ま、そうさな、俺がふんばりゃ三人のお守り位どうにでもなるだろう。

バートレットはそう思いながら帰還した。
だが、彼はその後、すぐの任務で撃墜され、戦中、サンド島へとは二度と帰れなくなる。
皮肉にもそれが彼等の強さの原動力になるとは、流石の彼も思いはしなかった。

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