デスクトップの片隅で

--------------------------------------------------------------------------------

「……はぁ、来ないなぁ」
 椅子の背にもたれかかって、マナは溜息をつく。同時に、CDプレイヤーの最後の曲が終わり、レンズの巻き戻るキュルキュルという音が部屋に響いた。
 テーブルには、彼女が淹れたコーヒーが二つ並んでいる。もう、淹れてからだいぶ時間が経っているのか、カップからは温もりが完全に逃げていた。傍らでは、彼女の相棒がプラモデル作りにご執心だ。
「ねー、ヘルー。今日、来るかなぁ」
 足をぶらぶらさせながら聞いてみる。しかし、聞こえているのかいないのか、ヘルは黙ってプラモのバリを処理し続ける。

 ぱっちん……ぱっちん……

「ねー、ヘルってばー」
「あーもー、うるせーなぁ」
 うるさげに、丸い手をぱたぱたと振り返すヘル。どうやら、普通に話しかけても応えるつもりはないらしい。
 マナは大きく息を吸うと、
「マグナ・インパクトっ!!」
「ちょっと待ぷろっ!?」

 がいんっ!!

 彼女の手から伸びるパイルバンカーが、ヘルの頭部を吹き飛ばした。もう一度溜息をつくと、マナはその欠けた頭に、作りかけのプラモデルの頭部を乗せる。
「……武者ヘル」
「ちょ、てめ、なにしてやがる!?」
 ばたばたとヘルが暴れるが、マナは気にした風もなく、また椅子にちょこんと座った。
「あーあ、コーヒーも冷めちゃったよ……」
 テーブルに置いてある、二つのカップ。そのうち一つを手で弄びながら、また一つ大きな溜息。
「……ったく。いつもよりちょっと遅いだけだろうに」
 自分の頭部を拾い上げながら、ヘルはマナに語りかける。
「だって、いつもはもうこの時間に来てるじゃん。――あ、戻しちゃうんだ」
「戻すなって!?」
 抗議の声を発するヘルに、マナは目を閉じて告げる。
「だって、別にそっちでも違和感ないもん。ヘルだってまんざらじゃないでしょ?」
「……ば、おま、そんなわけないだろっ!?」
「はいはい。……遅いねー」
 また、始めの言葉に戻る。ヘルはよちよちとマナの近くに歩み寄った。
「ま、あいつにはあいつの事情があるんだろうさ。来たら、詫びの一つも入れるだろ」
「ね、ヘルは、あの人のこと、どう思う?」
「そういうお前は、あいつのことどう思ってるんだ?」
 ヘルは意地悪く目を細めて、マナに問いかけた。途端に、マナの顔が真っ赤なトマトになる。
「ちょ、な、わ、私はその……」
「ふむふむ」
 狼狽する彼女の様子に、ヘルの目がますます細くなる。
「い、いい人だとは思うけど、その……」
「あまり好きじゃないって?」
「そ、そうは言ってないでしょ? でも、それはあれがその……」
 あわあわと言葉を繋ぐマナ。それを見て、ヘルは大きく肩をすくめる(ようなそぶりを見せた)。
「はいはい、ごちそーさん」
 その言葉に、マナは耳まで赤くなって、
「マグナ・インっ……」
「信頼してるよ」
「……え?」
 マナのマグナ・インパクトが、ヘルの眼前で止まる。しかし、ヘルは微塵も動かない。
その黄色い瞳にマナを映し、言葉を紡ぎ始める。
「あいつのことは、信頼してるよ。誰よりもな」
「……へ、へぇ、ヘルが全面的に人を信頼するなんて、珍しいね」
「だって、お前、あいつのこと信じてるだろ?」
 半ば呆れたような表情を見せながら言うヘル。いつも彼にべったりなマナの姿が、彼のメモリーの中を去来する。
「ま、まぁ……だって、私たちのこと、面倒見てくれてるし……」
「それだけじゃないだろ? お前が、好意を寄せる男……俺があいつを信頼する理由なんて、それで充分だと思うんだが」
「ヘル……」
「……あいつなら、お前を包んでやれるからな」
 マナにくるりと背を向けて、ヘルは呟く。
「え? 何?」
「何でもねーよ。それより、コーヒー淹れなおさなくていいのか?」
「あ、そうだね。あの人には、温かいのを飲んでほしいからね」
 笑顔で答えるマナ。
「愛だねぇ……」
「マグナ・インパクトっ!!」
「だからいきなりは止めたわばっ!?」

 ばしゅんっ!

 再び、部屋の隅まで吹き飛ぶヘルの頭部。その上にまた武者頑駄無の頭を乗せると、マナはサイフォンに駆け寄った。
「てめ、また『武者ヘル』にしやがったな!?」
「似合ってるって。あの人にも見せてあげなよ」
「馬鹿なこと言うなよ。大体、縮尺が全然あってないだろうが!」
 などと言い争っていると、聞こえる足音一つ。
 マナの心臓が跳ね上がった。
「……来たな」
「だね。準備はオッケー、いつでもこいだよ!」
「いや、俺終わってないから! 俺まだ『武者ヘル』のまんまだから!」
「残念でしたー、時間切れー」
 それだけ言うと、マナはドアの方に向き直った。もう、足音はすぐそこまで迫っている。

 まず、何をあの人に言おう。遅れてきたことを怒ろうか、寂しかったと甘えるか。
 いや、それより何より、言うことがある。
 ドアが開く。その先には、走ってきたのか、息を切らした人影一つ。

 マナは最高の笑顔で、言った。

「おかえり!」


BACK