「クソ……間に合うか……ッ!?」
晴れた空を、一陣の青い風が駆け抜ける。
平和な街には場違いな、しかし現在ではすっかり馴染んだ、戦闘用に造られた金属の身体。
「残り……2分!いける!!」
主な移動手段は徒歩である彼が、珍しく全力で飛行している。
翼を持ったロボットが飛ぶのは至極当然だが、彼をよく知る者から見れば違和感があるかも知れない。
さほど背の高くない建物の角に合わせてフルスピードのまま右折。さらに次の角を左折した瞬間。
「うぉっ!?」
突如視界に飛び込んできた看板をすんでの所で回避し。
そのままバランスを崩して眼下のアスファルトへ一直線。
「ぐはっ!」
全速力での墜落は地面に小規模なクレーターを生み、彼自身もノーダメージでは済まない。
だが、今の彼は全く頓着せずに再び空へ。
数秒ロスしたせいでタイムリミットに間に合うかわからなくなった。
それでも今度は冷静に、先をレーダーで確認しつつ全力飛行を続ける。
「うおおおおおぉぉっ!!間に合えぇぇぇぇぇっ!!!」
ようやく見えた目的地に減速無しで接近、蹴破るように中へ入る。
一瞬で運動エネルギーをゼロにする無茶な急減速で負荷がかかり制御を手放す全身の感覚器。
やはり一瞬で回復したその無機質な視界に映るのは。

―――嬉々としてカップのアイスを頬張る少女と、それを幸せそうに眺める青年の姿。

「あ、おはへひ」
「おかえり、ヘル。お邪魔してるよ」
少女の名は、マナ。ヘルと呼ばれた彼のパートナーであり、鋼の翼を持つワケあり家出少女である。
青年はマナとヘルが住むここの大家であり、お邪魔しているという表現は少し違う気もするが気にする男ではない。
「……マナ、何食ってんだ?」
「ん、あいふ……あむ。大家はんが……むぐ。おみやげって」
「食べるかしゃべるかどっちかにしろよ!」
「……もぐもぐ」
「食うのかよ!?」
激昂するヘルとは対照的に、マナの視線はどんどん冷めていく。
「まあヘル、落ち着きなって。
この前来た時にかなり減ってたし、まだまだ暑いだろうから俺が買ってきたんだよ」
「うんうん。ちょうど無くなった所だったからタイミングばっちり。
私も食べたいなーって思ってたし」
「……ああそうだろうよ。15分以内に買ってこなきゃ飯抜きとか脅迫するくらいだもんなあ」
のんきに話すマナと大家に反し、拗ねたように呟くヘル。
墜落の際にも体を張ってかばったその手の買い物袋の中には、大量のアイス。
「こんだけボロボロになってもねぎらいの1つも無しって言うか必死になった意味すらありませんかオレ」
「ブツブツ言ってないでさっさとしまってきてよー。溶けちゃうから」
「完全スルーかよ!?」
マナの発言に再度キレるヘルだが、残念ながらそれを気にかける2人ではなかった。
「ヘルも食べたいんなら食べればいーじゃん。あ、冷凍庫に入ってるチョコのはダメだからね」
「はっはっは。ヘルも相変わらずだなあ」
的外れなマナと軽薄な笑みを浮かべる大家。その態度がヘルの怒りを増幅する。
「っつーか大家!全部知っててやってるだろ!!」
「何を言ってるかさっぱりだよヘル。
マナからアイス買ってきて欲しいなんて連絡を30分前にもらったりしてないってば」
「やっぱりオマエかー!!!」
秋晴れの空に、ヘルの咆哮がこだまする。
お気楽ワガママ少女マナと何を考えているかわからない大家に挟まれた、涙を流すロボット・ヘル。
彼の苦労の日々はまだ続く……




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#あとがきのような何か

前回から輪をかけて意味不明なヘル支援です。
カッコよさそうなシーンを書く、と首を飛ばさない、という自分ルールを課してみました。
その結果わかったことが1つ。

……首が飛ばなきゃヘルっぽくないよね!(爽笑)

by蒼流


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