04話 INTER MISSION:変動
サンド島格納庫
デブリーフィングは、無かった。
無いというのが異例中の異例だが、今回、上層部全員が奔走しているらしく、デブリーフィングを開く余裕がまったく無かったらしい。
だから、今日は無く、後日改めて、という本来有り得ない結果で落ち着いていた。
「隊長が、救出されなかった?」
愕然としているナガセに、レイジは厳しい顔で親爺さんとジュネットというブン屋から教えられた事を伝えた。
「―救助ヘリが到着した時には、隊長の姿は無く、遠ざかる敵船舶が見えたそうだ」
「そう…」
それきり黙り込むナガセに対して、レイジは何も出来なかった。
今、何を言っても無駄だという事に気付いていたからだ。
だが、これだけは言わねばならない。
「ナガセ」
「…ん?」
「次回からの出撃だが、バートレット隊長が居ない。今度こそお前が指揮を取れ。今回は特例として見逃してくれたが、次回以降は確実に命令違反になる」
どう返答されるか、既に答えが判っていても、言わねばならなかった。
そして、ナガセはレイジの予想した通りの答えを返してきた。
「それでも、私は二番機でいたいの。それにレイジ、貴方の指揮能力の高さは今回の戦いで実証されたわ。私では、あんなに的確な指示は出せない」
その言葉に溜息をつく。
そう来るのは判っていた。
「それに…私が隊長になれないのは、戦闘になると元々狭い視野がもっと狭くなるからよ。演習記録では撃墜数は上位だけど、多数対多数のチーム戦になると他の成績が下がるのは、貴方も知っているでしょう?」
自嘲気味にナガセがそう呟いた。
「ナガセ…」
「それに、私はもう決めたの。二番機としての任務を必ず果たすと」
「…そうか」
―決意が固すぎる。
仕方が無い。
「なら、上層部の決定で決めよう。もし俺だったら本土から新しい隊長が来るまで勤め上げる。もしお前が指名を受けていたのなら、お前が一番機で、俺かダヴェンポートが二番機。それで良いな?」
それには頷くナガセ。
「じゃ、またな」
手を上げ、自室へと戻るレイジ。
「レイジ!!」
「?」
歩みは止めず、首だけを向ける。
「ありがとう」
その言葉の真意が読めず、歩みを止め、怪訝な顔をして先を促す。
「セント・ヒューレット軍港の時、皆が諦めかけていたわ。貴方はそれを持ち直させてくれた。私には、出来なかったから―」
「…気にする事じゃない」
それに、と付け加える。
「もう誰も墜とさせたくないからな。傲慢だと思うが」
そのまま、振り返らず自室へと戻るレイジを、ナガセは形容しがたい光を湛えた瞳で見送った。
自室
自室に戻り、PCを立ち上げる。
そこには、メールが二通。
険しい顔で一番古いメールから展開していく。
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―二人へ―
少年、君の予想が当たっていたのかもしれない。
先日、司令部へ出頭要請がかかった。
何事かと思ったよ。
優先度SSSのコールなんて、戦中でもストーンヘンジ攻略戦とメガリス攻略戦の二回しか見た事が無いからね。
今回のコールも、それに相応しいLvのヤツだった。
最近テロが多発しているのは二人とも知っていると思う。
それの主犯格ともいえるグループが武装蜂起した。
そのグループ名は―
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「自由…エルジア…」
掠れた声で、呟く。
自身の予想が的中した事のショックで、指が震えつつも先を見る為に視線と指は止まらない。
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おそらく、僕を襲撃してきたのは、このグループだと踏んでいる。
ただ…
違和感がある。
戦ってみなければ判らないけど、彼等の戦力は恐らく一個師団以上だと予想している。
それなのに、うちの諜報部が捕まえられなかったのはおかしい。
軍需で一儲けしようとする企業と、戦争を望む一部の軍部の癒着があると僕は睨んでいるんだ。
まぁ、確証は無いんだけどね。
僕はこれからヤツ等を叩き潰す為に、かつての空の相棒と共に出撃する。
彼が居るから負ける気はしない。
それじゃ、また後で。
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思考がまとまらない。
とにかく、二通目を展開し、読む。
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―少年へ―
もし、生きていたのなら、返信をお願い。
ユークトバニアがした事は、他国から見たら許されざる事よね。
だから、何かがおかしいのは確信が持てているわ。
友好国へ向けて宣戦同時多発攻撃。
明らかに短期間で決着をつけようとしている。
何故かは少年が記した通りだと思う。
でも。
何かがおかしいわ。
作戦はほぼ完遂されている。
でも、違和感があるの。
抑えられない違和感が。
もし、貴方が生きているのなら、貴方の考えも聞かせて頂戴。
―伝説へ―
少年の予想が当たってしまったのね。
貴方の国でも不穏な空気が流れていたのは確認できていたけど、まさかそこまで大掛かりだとは思わなかったわ。
でも、私はそちら側の援護には行けない。
歯痒いけど、貴方なら無事完遂できると信じているわ。
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溜息をつく。
どうやら、最悪の事態になっているようだ。
そして違和感が、ある。
このタイミングで自由エルジアが蜂起した事。
これにより、『こちら側』への介入は大幅に遅れるだろう。
―誰かが、糸を引いている?
考えられない事ではない、か…
打ち込み始めるレイジ。
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―二人へ―
とりあえず、生きてます。
あのバートレット隊長が下手をしまして、敵の捕虜になりました。
なので、俺が一番機になる可能性が高まっています。
まぁ、本土から来る御偉いさんが来ると思いますが。
お二方がくれた戦術教本の会得、どうやら年数が大幅に繰り上げになりそうです。
それはともかくとして。
『静かなるクーデター』
『宣戦同時多発攻撃』
そして、そちら側で起こった『唐突な武装蜂起』
時期が、重なりすぎてます。
確信はまだ持てませんが、背後になんらかの組織があるのかもしれません。
確証が無いし、動くに動けないのでただの推測なのですが。
とにかく、今は生き残る事、誰も撃墜されない事を念頭において飛んでいます。
もう、誰も墜とさせたくない。
今はその気持ちが強いです。
…それじゃ、また、次の出撃前にでも。
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送信を終え、溜息をつく。
参った。
本当に参った。
バートレット大尉が捕虜になり、イザナギさんは自由エルジア鎮圧へ乗り出した。
そして、イエロー中隊の生き残りである彼女は、敵国の特殊部隊隊長。
ここまで考えて、思考が止まった。
疲れているのか、思考が全然回っていない。
溜息をつき、背を椅子に預けて眼を揉む。
その時である。
けたたましい空襲警報が鳴り響いたのは。
―!?
このタイミングでか!!
立ち上がり、慌てて部屋から出、格納庫に向かうレイジ。
レイジはここでミスを犯した。
PCの電源をつけたままで飛び出した事。
そして、彼の部屋の扉を自分専用のロックをかけずに出てしまった事。
これが、彼等サンド島分遣隊の反逆の証としてコピーされていようとは、発覚するまで夢にも思わなかった。
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