♯夕焼け空♯


 「ねーヘル、ひまー。」
アパートの一室。絨毯敷きの部屋の中でベッドに寝転がって少女は言った。
うつむいているので顔はわからないが、茶色い短髪で、背中にはなんと銀の翼がぱたぱたとはためいている。
そしてぶらぶらしている足の先には人型をした金属の塊があった。
その少女の一言に、その塊──少女からすると名前はヘルと言うらしい──がちらりと後ろを見ながら言う。
「君ね、だからってオレをぺちぺち蹴ってどうするよ。泣くぞ?」
「・・・・・・ヘルが流す涙はやっぱりオイルなのかなー。とすると火をつけたら景気良く燃えちゃうかもねー。あはは」
「火事になって大家から追い出されたらマナのせいだからな」
「あ、それは真剣に困るかもー」
などと漫才を繰り返している彼女らであるが、いったい何者なのか。


 まず、最初に喋った少女はマナという。
なにやら事情が色々凄そうで、記憶喪失中で、家出娘だ。
段々と大変さのランクが下がっている気がするが決して三段オチなどではない。
養ってもらっていた養父と少し喧嘩をしてしまい、偶然辿り着いたこのアパートの大家に頼み込み住まわせて貰っている状態だ。

もう一人はヘルという。
こちらははじめ、気を失った彼女を連れてボロボロの状態で何かから逃げ、養父に保護されたロボットだ。
何か色々事情を知っていそうだが、そのうち大家にも話す時が来るだろう。

このように色々と複雑な事情がからみ合う二人だが、今日はそんなことはどうでもいいくらいにダレていた。


 「そんなに暇ならゲームでもやってろ。」
 「大体やり尽くした」
マナは顔を伏せながら答える。
 「じゃぁテレビかビデオか見てろ」
根気良くヘルが言う。
 「そんな気分じゃない」
一言で叩き切られた。
 「・・・・・・」

──落ち着け、オレは冷静だ。冷静だぞきっと。うん。
よし、とひとつ頷き、さらに続ける。

 「じゃぁ推理小説でも読んでろ」
 「今私の頭は活字入力不能だよ〜」

──・・・・・・・・・・・・。

 「だだっこかね君は?」
 「けっこーそーかも」

──うむ。ここで落ち着けるなら、それが大人ってもんだ。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
落ち着けるのが大人なら、オレはガキでいい。よし。

 「知るかぁっ! オレはお前の暇つぶしアイテムじゃねぇっ!! こー見えても忙しいの!」
その言葉にやっとマナが顔を上げ、ヘルの方を見た。
なかなかに可愛い顔立ちである。
 「忙しいってったって・・・そこで座ってるだけじゃないの」
 「ふっふっふ、甘いなマナ君。今オレはナノマシン操作で首周りを少し強化しているのだよ」
 「くびまわり・・・なんで?」
 「キ・ミ・が! 毎回毎回所構わず周りの被害も考えずオレの首を吹っ飛ばすからだろがっ!」
そう。マナはパイルバンカー状の物を形成し、打撃武器として使うことが出来る。
今のところはヘルに対するツッコミ用として使っているだけであるが。
そういう訳でこの部屋の壁には補修された後がいくつもある。
 「ほほう。それでヘルは吹っ飛ばされないために首を強くしてると」
 「おうよ。オレもあれはイヤだからな」
 「じゃーどれくらい強くなったか試してみよう」
 「・・・へ?」
瞬間。ヘルの視界がぶんっ、と揺れたかと思うと数回痛々しい音をたてて床にぼとんと落ちた。
後にはまたしても部屋の壁に穴がひとつ。
 「なんだ。全然強くないじゃん」
 「いきなりやるのかっ!!?」
 「いや、ツッコミはいきなりやらないと意味ないでしょ〜」
 「そーいう問題じゃねぇこのバカっ! こら話を聞けっ!」
てこてことヘルの身体が首に向かって歩き、拾って付け直す。
なんだかその様子が可愛くもあるが、マナは全く知らん顔だ。
 「あ〜、壁に穴が空いちゃったねぇ。どうしようかヘル?」
 「無視かよっ!」
 「う〜ん、これはまた板でも買ってきて貼り付けるしかないかなぁ」
壁を撫でると、見事な穴がぽっかりと空いているのがわかる。
というか、良くこれだけ壊して追い出されないものだ。
 「しょうがねぇな。またホームセンター行って板買って来い。片付けはオレが・・・」
ピンポーン。
と、そのとき玄関のチャイムが鳴った。


 「はーい」
とたとたと玄関口へ二人で行き扉を開ける。
 「元気でやってるかい? 二人とも」
訪ねてきたのはこのアパートの大家だ。暇を見つけてはこの部屋に遊びに来る。
 「大家さん! どうぞどうぞ! ヘル、早く片付けて来て」
 「まぁ待て。ちょうど荷物持ちも来たじゃないか。二人で行って来い。あ、ついでになんか飯のネタも頼むな」
ぐいぐいとヘルが二人を無理やり外へ押し出す。
 「え? いや、ヘルちょっと・・・!」
 「?? 何がどうなってるんだ?」
完全に外に出された所でマナが振り返り、閉められていく扉を抑える。
 「ちょっと、まだ二人で行くとは・・・!」
 「楽しんで来いよー」
 「・・・っ!」
ヘルの一言に力が抜け、その隙をついて扉が閉められた。ご丁寧に鍵まで掛けたようだ。
完全に、締め出された。二人きりで。
 「・・・・・・」
無言で佇むマナ。その背後に、疑問の声が投げかけられた。
 「あの・・・俺何がなんだかぜんぜんわからないんだけど・・・どしたの?」


──さて、どう説明したものか。

 「なるほど、また壁に穴が空いちゃったわけだ」
 「・・・ごめんなさい」
ホームセンターに向かう道中で、マナはすべて説明した。
それに笑って大家が答える。
 「いいよ。別に怒ったりしない。なんだか見てて微笑ましいしね」
 「なんかいつも大家さんはそう。私を子ども扱いしてない? 子供だからしょうがないっていう風に」
拗ねたようにマナが言う。
その頭に、何かがぽんっ、と置かれた。
大家の手だ。
 「・・・大家さん?」
見上げると、目を細めて微笑んでいる大家の顔があった。
 「そうだね・・・確かにマナはまだ子どもだ。でも、俺はマナを子ども扱いはしてないよ。
まぁもし、壁を壊してもごまかしたり、直さなかったりすると怒っていたかもしれない。
俺は、マナがちゃんと自分の責任は自分で取る素直な娘だからそんなに怒らないだけだよ」
 「・・・・・・」
一瞬で顔を真っ赤にして、マナはうつむく。

──この人は・・・この人は、なんて恥ずかしいことを面と向かって言えるんだろう。
おかげで顔を上げられやしない。全くどうしてくれるんだ。

 「わっ、危ないぞマナ!」
 「へ? うわっ、と」
マナは前から来た自転車にも気付かず、もう少しで当たる所だった。
横を自転車が通り過ぎて行く。
自転車は少し過ぎたあたりでちらりと後ろを振り返り、何事もなかったかのように前を向くとそのまま去っていった。
何でこっちを見たんだろうとマナが疑問に思っていると、
 「あーその、そう抱きつかれると、うごけない、んだが・・・」
 「へ?」
振り返ると、なんとマナは大家の身体にしがみついていた。
どうやら自転車に驚いた避けたときからずっとその状態だったようだ。
 「わわわっ、ご、ごめんなさいっ!」
慌てて離れる。
 「・・・・・・」
 「・・・・・・」
無言の間。それでいて頭の中は言葉だらけの間。
二人がそのまま無言で歩みを進めると、ふと前方から暖かい光が差してきた。
見ると真っ赤になった太陽が段々と沈んでいる最中だ。
 「もう、夕方か・・・」
やっと、大家が口を開いた。
 「やっぱ空っていうのは綺麗だよな・・・見渡す限りの青空っていうのも良いけど、夕焼け空も素晴らしいと思う」
釣られてマナも口を開く。
 「そう、だね。空っていうのは、何でこんなに綺麗なんだろ・・・雄大だから、ってだけじゃないよね」
 「そうだね・・・あ〜ぁ、こういうのをぼ〜っと眺めていたいけど、ここら辺にはゆっくり出来そうな場所はないしなぁ」
少しマナが考え込む。
 「・・・・・・ね、大家さん。ちょっと寄り道しよっか?」
 「え?」
言うなり、マナは大家の腰を後ろから抱きかかえ、背中の翼──どうもスラスターらしい──でいきなり飛ぶ。
 「わ、わ、わっ。ちょ、ちょっと?」


──連れてこられた先は鉄骨部分も生々しい工事現場でした。
これからどうなるんでしょうかガクガクブルブル。
 「あのね大家さん。ここ、私が良く来る場所なんだ。
なんか工事中に放棄されたビルでね、時々一人になりたくなった時とかにここに来るの」
 「え〜と、いったい俺をこんな所に連れ込んで・・・何するつもりでSHOW?」
 「? 別にどうもしないよ? ただ、ゆっくり夕焼け空を見るのも良いかなって」
どうやら大家の恐れもただの杞憂だったようだ。
というか何を考えていたお前。
 「それじゃね、大家さんそこに座って」
言われるままに申し訳程度に作られている床の端に、脚を宙ぶらりんにして座る。
 「そのままでいてね」
その膝の上にマナが座る。
顔は満面の笑みを浮かべていて、本当に幸せそうだ。
 「へへへ・・・特等席ー♪」
 「・・・・・・」
 「しばらく、こうさせてね・・・」
 「あ、あぁ・・・」
しばらく無言で夕焼け空を見つめる。
 「・・・ねぇ、さっきは、その、ありがと」
 「?」
 「その・・・子ども扱いしてない、って言ってくれて・・・・・・」
マナの表情は空のほうを向いているので見えない。
だが耳まで赤くなっているので、大家には今どんな顔をしているか容易に想像がついた。
 「なに、気にしなくて良いよ」
 「うん・・・・・・」
 「・・・・・・」
 「あ、星!」
大家が見上げると、確かに空にはひとつ、またひとつと星が瞬いているのがわかる。
 「綺麗だなー・・・」
 「・・・うん」
と、マナがふとこちらに振り向く。
 「ねぇ、大家さんはもし流れ星を見たらどんな願い事をする?」
唐突に聞いてきた。
流れ星が落ちるまでに願い事を言えたら願いがかなう。自分の願いは・・・。
思わず言いかけたが、
 「それは・・・秘密だ」
の一言で何とかごまかす。
 「あ、なんか照れてる?」
 「な、何を照れることがあるんでございますか」
 「なんだか口調が怪しいなぁ。まぁいいけど」
なんとなくマナには見破られているようだ。

 「私はね、言えるよ」
 「え?」
 「私は、自分の願い事を、大家さんには言えるよ?」
 「・・・・・・」
──反則だ。何だこの反則さは。
今心底、マナをかわいいと思ってしまった。
 「どんな、願い事かな?」
 「聞きたい?」
聞き返したマナの表情はなにか意地悪そうな笑みをしている。
 「う、うん」
 「大家さんは自分の願い事秘密にしたのに?」
 「ご、ごめん」
 「良いよ、教えてあげる。私の願い事はね────」
そう言う彼女は、もう黒く染まり行く空の中で、一番輝いている星に見えた。


さて同じ頃、同じく星を眺めている者がいた。
 「あの二人・・・予想していたとはいえ遅いなー・・・ハラ減ったー・・・・・・寝よ」
今回一番の被害者はそう言うとベッドへもそもそ入り、数秒もしないうちに眠りに付いたのであった・・・。




:あとがきのような伺か
 はい。やってしまいました。
最初は漠然と『退屈・散歩・夕焼け・結構前に道化氏様が描いた電柱の上のマナ』位に考えていたんですが・・・。
なにやらこの娘達が勝手に歩き出しまして、気がついたら上のように。
やばいです。甘いです(自分的に)自分で書いてて『何書いてんだっ!』とか突っ込みいれてました。
そして長いです。意味もなく。
上の方で『というか何を考えていたお前。』という一文がありますがあれは私本人へのツッコミも含まれております。
まだ執筆中に色々とネタは考えていたのですが、さすがに全部やっちゃうとバカみたいに長くなるのでこれ以上は描きませんです。
えーと、乱文。まことに失礼いたしました。
っていうかクサいよこの話!


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