father side X 「曇りのち雨」


くそったれ。
オレは一体ここで何をしてんだ。
あれ。が、危険な目にあってるかも知れないってのに。
Y’sの奴に行かせるんじゃなくて、やっぱりオレが行けば。
でもしるぴんもそろそろ帰って来る頃だし、他のガキ共だって・・・。
「あぁーっ、くそっ!」

ズゴンッ!!!

とりあえず頭をカウンターテーブルに叩き付ける。
あのバカ教師に殴られたのと同じ場所だけあって、すこぶる痛い。
「・・・よーし、オーケー。少し落ち着けよ、オレ」
額を手で押さえながら自分に言い聞かせる。
少々荒療治だが、衝撃で思考に区切りを付け、声を出して自分に客観的に言い聞かせる。
脳みそを落ち着かせるにはやっぱりこれが一番だ。
まずはみさきと夜霧。こいつらにはオレが居なかった理由は後で話せばいい。
正直に言うか、煙草の買い出しと言うかは別として。
次にしるぴん。あんな話をした後だ、できれば待っててやりたい。
ちゃんと待っていて、いつものように出迎えてやりたい。

だが、問題はあれ。だ。

アルが電話で言った一言。「界隈大学病院」
奴らが動いたのなら事態は深刻だ。それも極めて危険な状態と言える。
やはり、行った方がいい。
奴らに二度も家族を奪われてたまるか。
メモ用紙に走り書きで一言「うまかった」と書き残し、皿の横に置く。
まぁ、オレが今、最低限言いたい事は伝わるだろう。
「ちゃんと、言ってやりたかったんだがな」
言い訳めいた苦笑を漏らし、ドアノブに手を掛ける。

リリリィィインッ・・・

電話の音に振り返り、靴のまま受話器を取りに行く。
「もしもしっ!?」
『あ、父さん?』
「アルかっ!大丈夫か?怪我は?あれ。は一緒か?で今どこだっ!?」
『ちょ、ちょっと落ち着いてって!俺もあれ。も大丈夫だから』
「・・・そ、そう・・なのか・・・」
口から肺ごと出そうな溜息をつき、
そのまま壁にもたれかかって、ずるずると尻餅をつく。
「で、二人ともホントに大丈夫なんだな?」
『俺は擦り傷程度で、あれ。がちょっと気を失ってるけど』
「おい、それはホントに大丈夫なんだろな」
『……ああ、まあ……なんとか。あれ。も骨が折れたりとかしたわけじゃないみたいだし』
「そうか……」
アルの声の調子からすると、どうやら本当に大丈夫なようだ。
あいつは頑固なトコはあるが、安全と危険を見間違うような馬鹿はしない。
「……アル」
多分、すでに巻き込んでしまっただろう。
だとしたら教えておくべきだ。
あれ。と、連中の関係を。
そう覚悟を決め、口を開こうとした。
『父さん、まずいけど……カード残数が少ないんだ。後の話は、家に帰ってから頼むよ』
「そ……そうか」
一言二言で説明できる事じゃない。
説明するのは後回しにするしかないか。
『じゃ……今から帰るから。……ちょっと遅く……そうだな、7時くらいには帰れると思う』
「そうか……じゃあ、気をつけてな」
『ああ』
受話器を電話に戻すと、一度店に戻りメモ用紙を握りつぶしゴミ箱へ放ると、家のリビングへ移動する。
急激に襲ってきた脱力感と安心感で膝がぐらつき、
糸が切れた人形のようにソファへ転がる。
あれでなかなかアルは頼りになる男だ。
Y’sの奴も探しに行ってくれてるし、油断こそできないが、まぁ安心してもいいだろう。
落ち着こうとして煙草を一本取り出して火をつける。
ゆっくりと煙を吸いながら、ふと窓の外を見る。

「雨・・・か」

ぼんやり外を眺めていると、右手に少し疼くような痛みを覚える。
「まいったな、右手が痛むとあんまり良い事ないんだよな」
湧いてきた嫌な予感を振り払うように頭を掻きむしる。
「しっかりしろって、オレが不安がってたらガキ共はどうすりゃいいってんだ」
自分に言い聞かせながら、半分まで吸った煙草を灰皿に押しつける。
それと同時に玄関から声が聞こえてきた。
「ただいま〜」
「おぅ、おかえり」
びしょ濡れで帰って来たのはみさきと夜霧だった。
「あれ、おとーさん?お店の方にいなくていいの?」
「どうせ、客なんか来ないだろうからな」
いつも通りの調子で答える。
「………どうしたの?」
「別に………何も無いぞ?」
いつも通りの調子で答える。
・・・いつもの調子で答えたハズだ。
「そうだ。アルちゃん、帰ってる?」
みさきが怪訝そうな顔で尋ねる。
「いや、まだだが………」
即座にみさきは踵を返す。
しまった、つい普通に答えちまった。
「お、おい。何処行く気だ」
「アルちゃんに聞きたいことがあるから、探してくる」
言うが早いが、そのままみさきは外に飛び出して行った。
ったく、心配事の種を増やしやがって。
思わずがっくりと肩が落ちる。
「本当に、何でもないの?」
背後から夜霧が聞いてくる。
声こそいつもの調子だが、その目はいつになく真剣だ。
「お前が心配するようなことじゃない………いいから着替えて来い」
言い捨てるようにそう言うと、店の方へと足を向ける。
あの目をした夜霧を誤魔化しきる自信は、ちょっとオレには無い。

カウンターのスツールに戻ると、雨に打たれるドアをぼーっと眺める。
バカ教師の家庭訪問の後、ずっとプレートはCLOSEにしたままだ。当然客が来ることはない。
ったく、あのガキ共はどこほっつき歩いてんだ。
どいつもこいつも、心配するだろう・・・が・・・。
そこまで考えて、さっきの夜霧の目を思い出した。
そうだよな。
アイツがあんな目をするんだ、アイツだってみんなを心配してるに決まってるじゃないか。
「さっきは少し冷たく言い過ぎたか、な」
さっきの自分のセリフがリフレインする。
「・・・やっぱ冷たかった、よな」
そう言って決まり悪げに目を泳がす。
そのあてもなく泳がせた視線の先にあったのは、商売道具のティーポットだった。


コンコンッ
かるくノックして声をかける。
「おーい、夜霧ー。入っても大丈夫かー?」
「……ん、いいよ」
「おう、入るぞー」
夜霧はすでに普段着に着替え、タオルで髪を拭いているところだった。
そう言えば、夜霧の部屋にくるのも随分と久しぶりな気がする。
まぁ、年頃の娘の部屋にそうずかずか立ち入る男親なんざいないとは思うが。
「…で、どうしたの父さん?」
「いや、かなり濡れて帰って来たからあったかい紅茶の差し入れだ。風邪ひかれても困るしな」
「…珍しい、父さんが自分から紅茶淹れてくれるなんて」
「そうだったか?」
確かに言われてみれば自分から振る舞う事は珍しいかも知れない。
変な事に納得しながら二つのカップに紅茶を注ぐ。
「確か、夜霧はダージリンのストレートでよかったんだよな」
「うん」
カップに紅茶を注ぎ終わると、ポットにティーコジーをかぶせる。
夜霧は他のガキ共に比べて飲み物を請求してくる事が少ないから、合ってるかどうかちょっと自信がなかったんだが、
案外ガキの好みってのは覚えちまってるもんだ。
「ま、熱いうちに飲めよ」
そう言って自分のカップを口に運ぶ。
よし、味の出方も香りの出方もそう悪かない。・・・と、思う。
「どうだ?」
「…うん、美味しい」
「よっし!」
かるく拳を握って小さくガッツポーズ。
実は、こと紅茶に関してはオレよりもコイツの舌の方が頼りになる。
しかもお世辞で美味いとは決して言わないありがたい性格なので、コイツに紅茶を淹れる時は油断ができないのだ。
しばらくは二人して黙って紅茶をすすっていたが、自分のカップの残りが三分の一程度になったあたりで口を開いた。
「その、さっきはすまなかったな」
「…何が?」
「いや、お前が心配するようなことじゃないなんて言い方しちまってさ」
話を聞く夜霧の表情は変わらないが、カップを持った手は止まっている。
「その、何だ。うまく言えないんだが、お前は心配する必要がないってんじゃないんだ。
 お前がみんなを心配してんのも分かってるつもりだ。
 ただ、詳しくは言えないけど信じてくれないか。アルもあれ。もみさきも絶対に大丈夫だから」
そこまで言って視線をカップに落とす。 
「まぁ、ろくな説明もせずに信じろってのも、虫がよすぎる話かも知れないけどさ」
本当に虫のいい話だ。こんな事しか言えないくせに親面してるなんて、我ながら情けなくなる。

「…大丈夫。信じてるから」

「え?」
予想外のリアクションに少し戸惑う。
「私だけじゃなくて、みんながこの家に居られるのは、みんな父さんを信じてるからだと思う」
「夜霧・・・」
「だから、父さんが大丈夫って言うなら、私はそれを信じる」
夜霧はあの真剣な目でそう断言すると、少しだけ笑ったような顔をする。
「・・・そうか、ありがとな」
嬉しさと気恥ずかしさが顔から溢れてしまいそうで、顔を隠すように残りの紅茶を一気に煽り、空になった自分のカップだけ持って立ち上がる。
「それじゃ、残りは適当に飲んだら下に持ってきてくれればいいからな」
そう言い残し、ドアを開ける。
「…父さん」
「ん、どうした」
「…ん、何でもない。紅茶ありがと」
「おう」
にっと笑いながらサムズアップをしてみせ、部屋を出る。

「何か謝るつもりが、逆に励まされちまったな。ったく立場ないぜ」
階段を降りながら頭を掻く。
それでも、一度にいろいろ起きすぎて少し混乱していた頭が落ち着いたのは事実だ。
こんなオレでも、ガキ共が信じてくれている。
ならオレは、ガキ共に何があろうとその全てを受け止めてやる。
それだけだ。
「こんな当たり前の事を忘れて慌ててたとはな。ダセェったらねぇぜ」
窓の外に広がる雨雲に向かって一人毒づく。


雨はまだ、止みそうもない。


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