father side W 「家庭訪問」


「ぼちぼち、か」
そろそろプリントの連絡欄に書かれている時間だ。
ちょうど客もいないのでドアのプレートをCLOSEにひっくり返し、
カウンター内のスツールに腰掛けてもう一度プリントに目を落とす。

家庭訪問の日程。

午後4時から4時半の欄にしるぴんの名前が書いてある。
「はぁ・・・」
知らず溜息が漏れる。
はっきり言って、オレはこのイベントが苦手だ。
それもかなり苦手だ。
ウチは家庭事情がかなり特殊なだけあって、教師連中のウチを見る目は少々偏見が混じっている。
その特殊な家庭の保護者、すなわちオレなんかは意外にも教師連中の中じゃちょっとした有名人らしい。
全く、人の気も知らずにいい気なもんだ。
「まだ少し時間があるし、何か喰って待ってるかな・・・」
そのまま待っていても憂鬱な考えが離れそうもないので口を動かして気を紛らわせる事にした。
「あー、確かアレがあったな・・・」
少し複雑な気持ちで冷蔵庫から黄色と黒のコントラストがいい感じな塊を取り出す。
今朝しるぴんが作っていったオレの昼飯の・・・オムレツ・・の兄弟・・・いや、親戚くらいか・・・だ。
今日は珍しく昼間に客が入ってたんで今まで冷蔵庫で眠っていたってわけだ。
ラップを剥がし、スプーンで一口分すくう。
指先に伝わるざりっとした感触。
・・・不安だ。
が、ここで食べないとしるぴんが泣く。それは避けねばならない。
よく分からないがアイツが泣くと何故か近所の猫共が家の中に乱入してくる。
そしてひとしきり暴れた後で台風のように去っていくのだ。
しかもこの台風は後片づけとみさきの説教というとんでもない二次災害を引き起こす。
故にアイツを泣かせてはならない。絶対に。
などと考えながらスプーンを口に運ぶ。

・・・あ、喰える。

見た目は少々何だが、味は割とオムレツだ。
これならオムレツの従兄弟くらいには格上げしてやってもいいかも知れない。
初めの頃は親戚どころか赤の他人だったんだ。
そう考えれば大した進歩と言えるだろう。
予想以上の出来に満足しながらオムレツを喰っているとカウベルが来客を告げる。
「あー、すんません。今日はもう閉めちゃったんですよ」
ドアの方を見もせずに答える。
「別にコーヒー飲みに来たんじゃないからかまわないですよ」
「はぁ?」
何ふざけた事を言う客だと思って顔を上げる。
そこに居たのは脱色した外ハネのショートヘアーで、ボーイッシュと言うよりもラフな服装をした女性。
おおよそその職業とは結びつかない外見だ。
こっちの考えを知ってか知らずか、猫のような目で訝しげにこちらを見ている。
「なんだ、たまろ先生か。時間より早いじゃないですか」
「前のトコの子が少し早く終わったんで。それより何食べてんです?罰ゲームっすか?」
「ちょっとした創作料理ですよ。この見た目で意外と悪かない。喰います?」
「アタシはいいっすわ。家庭訪問の行く先々でおやつもらってたらこのプロモーションが崩れちゃうんで」
「・・・販売促進してどうするよ」
大丈夫なのか、こんな奴に教師をさせている学校ってのは。
社会派を気取るつもりはさらさらないが、日本の将来は先行きが暗いかも知れない。
かるく溜息をついてから、とりあえず定番のセリフを吐く。
「で、どうなんですかね。しるぴんは」
「勉強はよくできてますよ、あの子は。すごく意外だけど」
「そらぁ、意外だな」
端からみたら家庭訪問とは思えない問答かも知れんが、まぁいい。
「で、勉強以外はどうなんです?」
「・・・ちょっとやんちゃが過ぎるってトコですね」
「過ぎるってーと、どのくらい?」
「んー、今日なんかははしゃいで3階から飛び降りちゃったらしいですよ」
「はぁ?」
「いや、アタシも学年主任のおっさんに怒られるまで知らなかったんですけどね」
アイツが大人しくしてるワケはないと思ったが、まさかそこまでとは。
まぁ、家の中でも全力疾走してるようなヤツに大人しくしろってのも無理な注文か。
「しるには学年主任が注意したらしいんですけどねぇ、・・・それもどうだか」
「どうだかって言うと?」
彼女の吐き捨てるような口調に、嫌な予感を覚える。
「あのクソオヤジ、あんまりしるをよく思ってないっすからね。親御さんの前で言うような話じゃないですけど」
「何?」
知らず口調が荒くなる。
「あのオヤジが言うにゃ、クラス全員がダイブしたって言ってたらしいんすわ。
 だいたいおかしいでしょ、クラスの子供らが全員一人の行動を見ていた、なんて」
「何が言いたい」

ちりちりと頭の中で虫が動き出す。

「教師として、というか、長年子供らを見てきた者として言うとですね。
 子供らが大人しく全員口を揃える時はなんか後ろめたい事があるって時なんですよ、だいたいね」
「・・・畜生が」
ある程度予想はしていた。
ことガキってヤツは群れたがるし、その群れと違うモノには恐ろしく残酷な面を持つ。
それも分かっていた事だ。
それでも、アイツを普通の子として扱おうとした事が間違いだったのか。
それでも、アイツに普通の生活を、普通の友人を望んだ事が間違いだったのか。

頭がズキズキと疼く感じがひどくなってくる。

気付かなかった。
気付いてやれなかった。
アイツは絶対に気付かせまいとしていたはずだ。
気付かれたら迷惑になる。そう思いこんで。
それでも、気付いてやらなきゃいけなかったんだ。
オレだけは絶対に。
それなのに。

「・・・許さねぇ」
そのガキ共か、そのクソ教師か、それともオレ自身か。
何に対してかも分からない感情が込み上げてくる。
それが怒りなのか、憎しみなのか、悲しみなのかもよく分からない。
あらゆる負の感情が頭の中で渦を巻いている感じだ。

「で、どうするつもりです?」

恐ろしく冷静な声にふと正気に戻る。
知らないうちに立ち上がってドアの目の前まで来ていたらしい。
「何処に行って、何をするつもりなんです?」
「・・・いや、それは」
つい返答に詰まる。
「オヤジさんまでしるを悲しませる気ですか?」
「そんなつもりは」
「あの子が一番嬉しそうにする話は、アンタら家族の話なんだ」
「・・・・・」
「今日だって、そのたらい回しになったオムレツをオヤジさんが喰ってくれるって喜んでたんすよ?」
そこまで言って彼女は立ち上がり、ドアの方へ向かってくる。
「だから、学校の事はアタシに任しちゃもらえませんかね。学年主任はアタシが代わりに殴っときますから」
「でもだなっ、」

ゴスッ

前頭部にファイルケースの角が思い切り叩き付けられる。
・・・痛ぇ。
「アンタの役目はしるの『大好きなパパりん』でいる事だろ。
 アンタが、アンタたち家族がそうある事があの子の何よりの幸せだ、違うのか?」
「でもっ、」

ゴスッ

再び前頭部をファイルケースが襲う。
・・・マジ痛ぇ。
「だったら黙ってアタシに任せろって言ってんだ。それとも何か、そんなにアタシは信用ないってか!?」
「いや、そんな事はないが」

ゴスッ

三度前頭部にファイルケースが振り下ろされる。
・・・何故。
「あんなに優しい子はそうはいないよ、しるは絶対にアタシが守る。
 だから、アンタはとりあえず、しるにオムレツごちそうさんって言う事の方が大事だろ?」
「・・・あぁ、そうだな」
ズキズキと痛む額を抑えながら答える。
「それじゃ、そろそろ時間だし、アタシはもう行きますわ」
「ったく、まさかこの年になって先生に説教されるとはね」
「アタシは教師だからね。間違った事しようとしてる奴には説教しますよ。それじゃお邪魔さま」
「あぁ、よろしく頼む」


台風みたいな教師が去り、再び静かになった店内でカウンターのスツールに腰を下ろす。
「はぁ・・・何か、疲れたな」
大きく溜息を漏らすと、再びオムレツをつつきだす。
「ごちそうさんの方が大事・・・か」
不思議と笑いがこぼれる。
あんな奴に教師が務まるとは、日本の将来も意外と大丈夫かも知れない。
残りのオムレツをたいらげると、食後の一本に火をつける。
天井に上っていく煙を眺めながら、しるぴんが帰って来た時の事を考える。
そうだな、とりあえずごちそうさんって言って頭を撫でてやろう。

アイツの傷を、少しでも癒してやれるように。


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