father side U 「アイツ」


ふと、目が覚めた。

もう朝だろうかと枕元の時計を見ると、まだ2時半だ。
かるく舌打ちをしてもう一度眠ろうとするが、なかなか寝付けない。
こうなんとなく目が覚めた後は何故かやたらと目が冴える事が多い。
「しゃーない、眠くなるのを待つか」
無駄な抵抗はさっさと諦めて、枕元に放り出してあった煙草を掴みリビングに向かう。

当然の事だがリビングには誰もいない。
静かすぎる光景に少し違和感を感じながらも、ソファに腰を下ろし煙草に火をつけてかるく吹かす。
「ったく、何で違和感を感じにゃならんのだ、自分の家で」
窓に映った自分に文句を言ったところで違和感は解消されなかった。
不覚にもあの騒々しさに慣れてしまっているようだ。
「・・・そう長続きするもんでもないってのにな」
そう、こんな騒々しい日々は長くは続かない。
ガキ共だって遅かれ早かれ、いつかは家を出ていくだろう。
そうなればまた、気ままな一人暮らしに逆戻りだ。
「一人暮らし・・・か」
そこまで考えた時、ふとアイツの事を思い出した。


この世の全てを諦めたような、受け入れたような、そんな幻想的な雰囲気を持つ女性。
普段の脳天気さとは裏腹に、時折垣間見せるそれが不思議と好きだった。
あのガキ共を引き取ろうとしたのも、そもそもはアイツのためだった。
子供をつくれない体をしていたアイツが不意に漏らした一言。
「やっぱり、子供欲しいな」
慌てて誤魔化そうとしていたが、それが本心だという事は痛いほどに分かった。
だからオレはこう答えた。
「だったら、つくるか?」
意味の分からない顔をしているアイツに向かってこう続けた。
「望まれなかったガキだって望んでくれる母親の方がいいんじゃないか?
 それに、血のつながりだけが家族ってわけじゃないだろう」
「・・・そう、だね」
そう答えたアイツは、本当に、嬉しそうだった。

しかしアイツは自分の子供と出会う前に、この世を去ってしまった。
もともと非常に不安定な体をしていて、ここまで生きていられた事が奇跡だったと、医者は言っていた。
「・・・私たちの子供を、よろしくね」
最期にそう言ったアイツの言葉どおり、オレはあのガキ共を引き取った。
だからオレは、死んでもガキ共を守らなきゃならない。
アイツとの約束でもあるが、それ以上にオレは   


「あれ、おとーさん何してるの?」
「ぅぉあっちゃちゃちゃっ!!」
不意打ちで現実に引き戻されたショックで、つい煙草を指から離してしまった。
「ちょっ、おとーさん大丈夫!?」
「何だみさきか。で、お前こそ何やってんだよこんな時間に」
何だか考えを覗かれたような気がして、慌てて話題を逸らす。
「あたしは喉が渇いたから牛乳飲みに来ただけだけど、おとーさんは?」
こいつ、意外としつこい。
「別に。眠れないからちょっと煙草吸ってただけだ」
「ふーん。まぁいいけど、ちゃんと寝てよね。お店で寝られちゃたまらないんだから」
そう言ってみさきは2階へと戻っていった。
「あいよ」
適当に返事をして溜息をつく。
全く、アイツの事を思い出してる時によりによってみさきが顔を出すとは。
どことなくアイツと似ているだけに心臓に悪い。
頭の中の靄を晴らすように短くなった煙草を灰皿に押しつけ、目を閉じる。
まぁ、いろいろと疲れる事も多いが、少なくともオレが作るよりも美味い飯が喰えるんだ。
もうしばらくは何も考えずにこの生活を楽しませてもらう事にしよう。
難しい事はその時になったらまた考えればいい。
一人でそう納得すると、意識は緩やかに眠りへと落ちていく。

その朦朧とする意識の中で、久しぶりに、アイツの笑った顔を見た気がした   


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