father side T 「ある日の愚痴」


・・・最近、妙に疲れる。

別に仕事は辛かぁない。
なんせ普通にオレ一人でこなせる程度にしか客は入ってこないのだから。
となると原因はただ一つ。ウチのガキ共だ。
しるぴん(仮名)は相変わらずちょこまかと動き回るし、
夜霧(仮名)とあれ。(仮名)は何考えてんだかよく分かんねーし、
アルフェイル(仮名)は一丁前に反抗期っぽいし・・・。
だがオレの疲れの7割を発生させているのは長女のみさき(仮名)だ。

こいつは昔っから甘え癖が抜けやしない。
おまけにそこそこの年頃になってきてから、その甘え癖の方向性がかなり危うくなってきた。
母親のアイツにそっくりだ。
今回はあれ。(仮名)としるぴん(仮名)に窮地を救われたが、
さっきまでだって、その、何だ・・・。
とにかく殺されそうになってたトコだ。

台風が去って再び静かになった店内でゆっくりと呼吸を繰り返す。
体が充分な酸素を得ると、今度は肺がニコチンを求めてくる。
仕方がない、人間の体ってのはそういう風に出来ているもんだ。
自然の摂理には逆らえないので煙草を一本取り出して火をつけ、深く吸い込む。
じんわりと肺に煙が染み渡る感覚。
珈琲と煙草の混ざり合った匂いと、店内に流れるジャズ。
今日のCDはマイルズ・デヴィスのを入れてある。
さらっと流れるようでいて、じっとり重く体に染み込むようなトランペットが耳に心地良い。

やはりここで吸う煙草が一番旨い。

経営者としては問題のある態度なんだろうが、そう感じてしまうものは仕方がない。
人の嗜好ってのは理屈じゃないんだし。
それにしても疲れた。
「しっかし何でウチのガキ共は、どいつもこいつもあんなに癖が強いんだか」
煙と共に天井に向かって問いかける。
無論返事はない。
「やっぱり、男手一つってのがマズかったよなぁ」
それでも天井に向かって問いかける。
オレは独り身が気楽でいいとそのままで過ごしてきた。
ガキ共を引き取ったあの日を過ぎても、そのスタンスは変えちゃいない。
だが、そのせいでガキ共にはいろいろと迷惑を掛けている。
長女であるみさき(仮名)なんかは特にだ。
オレが店をやってる以上、どうしても家事などはアイツにまかせっきりになってしまう。
本人は平気そうに振る舞ってはいるが、負担になっていないワケがない。
だから、アイツがたまにオレをからかいにきても強く出られない。
他のガキ共はどう見てるかは知らんが、
アイツがからかいにきてる時の顔は、昔、子供の頃に甘えてきた時の顔と同じなのだ。
強く出られるワケがないじゃないか。
かと言ってああも頻繁に抱きつかれるのは勘弁してもらいたいものだが。


そんな取り留めのない思考は来客を告げるカウベルの音で遮られた。
「いらっしゃい」
「また天井とにらめっこですか?」
ドアの側に立っていたのはY’s(仮名)だった。
隣で何やらやっているらしいが、何をしてるのかはよく知らない。
まぁ、常連と呼んでも差し支えのない人物の一人だった。
「何だ、アンタかよ。いらっしゃいませ損したぜ。で、自分の店はいいのか?」
「そっちも人の事言えないじゃないですか」
「ふらふらせずに店番してるだけアンタよかマシだ」
文句を言いながら注文も聞かずに2杯分マンデリンの豆を挽く。
こいつはふらふらしてるくせに珈琲の趣味だけは悪くない。
Y’s(仮名)とオレの分の珈琲を淹れて、奴の前にカップを置く。
「これでいいんだろ」
「淹れてから聞かないでくださいよ、飲みますけど」
「・・・はぁ」
自分の珈琲を一口飲むと思わず溜息がこぼれた。
「何か、疲れてますね」
「ん、ああ・・・」
オレがY’s(仮名)の問いかけに答えようとした時、店の奥、
すなわち家のリビングの方からまたガキ共が騒ぐ声が聞こえてきた。
全く、騒ぎのネタに困らない奴らだ。
オレはその騒ぎの方を親指で差しながら言った。
「あれが疲れの原因だ」
「なるほど、ご愁傷様です」
Y’s(仮名)は何とも言えない表情で答える。

どうやらオレの疲れが解消される日はまだまだ先になりそうだ。


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