bloody fate


予兆


その事件は、こんな脳天気な一言から始まった。
「ねぇヘル、コスプレって好き?」
「・・・はぁ?」
ヘルと呼ばれたロボットはいきなりの妙な質問に凍り付いている。
「だから、コスプレって好き?したりしないの?」
相手のそんな様子は意に介さず、同じ質問を繰り返す少女。
「マナ、お前馬鹿だろう。さもなけりゃ阿呆か」
「な、何よー、馬鹿って言うことないじゃん」
マナと呼ばれた少女は質問を罵声で返された事に対して抗議の声をあげる。
「馬鹿に馬鹿って言って何が悪い。だいたいオレがそんなものするわけないだろ」
「だよねー、コスプレなんかしなくっても充分コスプレっぽいしね、ヘルは」
視線を逸らしながらしれっと一言。
「あんだとっ!オレの何処がコスプレっぽいってんだ!?」
「安っぽいデザインとか?」
「そんなっ」
この飛び交う罵声にまた一つ罵声が加わる。
「うるせぇ、そこの馬鹿二人」
「義父さんには言われたくないよ!」
「義父には言われたくねぇ!」
見事に声が重なる。
普段どんなに言い争っていても義父と呼ばれた青年に対する時は恐ろしいまでのコンビネーションを発揮するのが不思議なところだ。
「で、何でコスプレなんて話題が出たんだ?」
ステレオで言い返されてもまるで聞こえていないように話を進める。
事実、人の話を全く聞かない人間ではあるのだが。
「うん、それなんだけどさ」
抗議をしても無意味な事を悟っているマナは諦めて説明を始める。
「昨日商店街でさ、赤いヘルを見かけたんだよね」
「・・・赤い・・・オレ・・・?」
「うん。それで声かけようとしたら、もういなくなっちゃってたの」
「なるほど、それでヘルがコスプレするかって話になったわけだ」
くだらねぇと一言だけ呟くと再び文庫本に視線を落としてしまう。
もはや彼の中でこの話題に対する興味は失せてしまったらしい。
「で、どうなのヘル、ヘルじゃないの?」
「いや、それはオレじゃない」
「なんだー、違うんだー」
即答で否定するヘル。
何か面白い話題に発展すると思っていたのか、マナは目に見えて落胆している。
「むー。なんか悔しいから今日はトマトサラダー」
そんな意味の分からない事を呟きながらマナは台所へと向かう。
「赤けりゃ何でもいいのかよ」
溜息混じりに窓の外に呟く。
窓に映ったヘルの姿は、夕方の空と重なって赤く染まって見えた。


接近


「で、何でオレまで買い物に駆り出されてんだ?荷物持ちならヘルだけで充分だろうが」
両手に買い物袋を提げ、いつもの何割か増しで不機嫌そうに文句を漏らす。
「だって特売日はお一人さま1パックとか制限が多いんだもん。ヘルはロボットだからお一人さまに数えてもらえないし」
「んだよ、役に立たねぇなお前」
「うるさいな。だからこうして荷物持ちしてるだろ」
同じように両手に買い物袋を提げたヘルも負けじと反論を試みる。
「はいはい。今日は二人の好きなの作るから道ばたで騒がないでよ」
手のひらで顔を押さえながらマナが間に割って入る。
「仕方ねぇ。ここはチンジャオロースに免じて引くか」
「ふむ、そこは同意だな。って事で今晩はチンジャオロースな」
そして夕飯に釣られていとも簡単に刀を収めるあたり、この二人の性格が分かろうというものだ。
そんな二人にマナが溜息をつくのとほぼ同時に、

キンッ

小さな、商店街を歩いている誰もが気付かないほどの小さな音。
しかし日常では決して耳にしない異質な音。
「二人ともどけっ!!」
その音を唯一聞き取ったヘルが義父とマナを突き飛ばす。
直後、一瞬前まで二人がいた場所に巨大な鉄製の看板が落下する。
「あ、危ねぇな。大丈夫かマナ?」
「う、うん。びっくりしたぁー」
二人の無事を確認するとヘルは即座に視線を看板に向ける。
(あの音、看板の切断面、落下位置・・・。狙いはオレ達かっ!?)
即座に答えを弾き出すと、全レーダーの索敵範囲を最大値まで引き上げる。
(いたっ!)
そう遠くない座標で移動している人間のものではない熱源反応。
(ふざけやがって!)
「義父っ!これ頼む!」
義父に買い物袋を押しつけると背中のウィングバーニアを展開させる。
「お、おい。どうしたんだよ!?」
「急用を思い出した!晩飯までには戻る!」
そう叫びながら上昇しある程度の高度に達すると、最大出力で熱源反応のある方角へと向かって行く。
「ど、どうしたんだろう、ヘル・・・」
「知るかよ」
看板が落下した音に驚いて集まった野次馬に囲まれながら、
二人はヘルの飛んで行った方向をただ呆然と見上げていた。


遭遇


突然、熱源反応の動きが止まった。
「こちらに気付いたのか・・・いや、それなら移動速度が上がるか・・・」
相手が理屈に合わない行動を取った以上、待っているだろうその相手は普通の相手ではない。
しかしその事を考える時間もなく、目標は視認できる距離にまで迫っていた。
仕方なくヘルは思考を中断し、意識を前方の空間に浮かんでいる目標に集中させる。
そして目標の姿を確認した時、ヘルの表情が凍り付いた。


『昨日商店街でさ、赤いヘルを見かけたんだよね』
『・・・赤い・・・オレ・・・?』


「何者なんだ、お前は・・・」
「開発コンセプトHigh-mobility Exam-type Closed-range Combat System・・・。開発者達は頭文字をとってヘクスと呼んでいたがね」
あまり抑揚の無い声で目標、ヘクスは名乗った。
「ヘクス・・・」
「貴様の後継機の内の一機、オマケに正式な型式番号も無いからな。知らなくても無理はない。そして」
とても自然な、さりげない仕草で携帯式ランチャーを構える。
「知る必要もない」
ヘクスは何の躊躇もなく引き金を引いた。
「こんな所でっ!」
ヘルは両手を交差してランチャーの直撃に耐える。
空中に響く爆音と、立ちこめる黒煙。
「・・・何故避けない。貴様の機動力ならば造作も無いだろう?」
携帯用の小型ランチャーでは大した効果は望めない事を互いに承知しているのか、何でもなかったように会話を続ける。
「ふざけるな、オレが避けたら下の街に被害が出るだろうが」
「甘い事を、戦いなんだぞ」
ヘクスの抑揚の無い口調に、微かにだが、初めて感情がこもる。
そして微かだがはっきりと感じられたその感情は、憤怒と侮蔑だった。
「お前と戦闘理論を論じるつもりはない。だが、これがオレの戦い方だ」
「・・・つまり、ここでは本気で戦えないと言うんだな」
「何?」
「ならば、相応しい場所に移動してやる。オレの望みは本気の貴様を殺す事だからな」
ヘルの反応も待たず、ヘクスはバーニアを吹かし移動を開始した。
「くそ、何考えてやがんだコイツは!」
そしてヘルも相手の真意を問わないまま、ヘクスの後を追ってバーニアの出力を上げた。


復讐


「どうだ、ここなら文句は無いだろう」
「ああ」
二人は郊外の山にある廃棄された工事現場跡に降り立っていた。
「貴様には本気でやってもらわねば意味が無いんでな」
「一つ、答えろ」
睨みつけるようにヘルが問いかける。
「何故、オレとの戦いを望む?目的は何だ、マナか?」
「・・・マナ・・・?」
暫く考えるように宙を仰いで、納得したように首を振る。
「違うね、オレの目的はコアドールじゃない。AAMW−00LN、貴様だ」
「天羅の命令か」
「いや、それも違う」
ヘクスは吐き捨てるように言った。
「さっきも言ったがオレは貴様が天羅を裏切った後、試験的に開発された貴様の後継機の一機だ。
 だがオレを含めた後継機は誰一人として貴様の叩き出したスペックをクリアできなかった。
 そして一機、また一機と廃棄処分されていった。」
「くそ、天羅の連中め、まだそんな事を・・・」
苦々しい様子のヘルを無視してヘクスは続ける。
「だが最後の一機であったオレを処分する担当官はこう言った。
 AAMW−00LNは、貴様はまだ生きている。一度会ってみるといいってな」
「馬鹿なっ、天羅はオレ達が生きている事を知っているのか!?」
「いや、組織としては知らないだろうよ。ただその担当官は何故か知っていたようだがな」
「その担当官の名前は?」

「ウォルフ=ウォーカー技術特佐」

「何・・・だと・・・?」
その名を聞いて、ヘルの動きが止まる。
「・・・そうか、あの人が・・・。生きていてくれたのか、主任・・・」
その懐かしい名に、思い出の世界に浸りかけていたヘルをヘクスの言葉が現実に引き戻した。
「さあ、お喋りはここまでだ。
 まずは貴様を殺し、オレの性能を証明する。
 そしてオレを廃棄しようとした天羅に貴様の首を叩き付け、オレを認めさせ滅ぼす。
 オレは、オレを認めなかった全てに復讐する!」
ヘクスが背部に収納してあったヒートソードを握りしめる。
「主任の気持ちを無駄にしやがって、馬鹿が」
ヘルはヘクスに向き合うとその手を虚空に広げる。
・・・バシュッ・・・
その手には一瞬でエネルギー形成されたメガビームランサーが握られていた。


死闘


・・・ヴゥゥウン・・・
鈍い音を立ててヘクスのヒートソードが熱を帯び、その刀身が赤く発光する。
・・・ヴォンッ・・・
対峙するヘルのメガビームランサーも光の刃を発生させる。
だが武器を形成してもボディはいつものままだった。
「貴様、何故、近接戦闘仕様にシフトしない」
拳を握りしめながらヘクスは問いかけた。
「必要がないからだ」
ヘルは呟くように答える。
「オレは開発コードの通り、接近戦に特化されている!そのままの状態で勝てるとでも思っているのかっ!
 オレをなめるのもいい加減にしてもらおうかっ!」
その叫びを合図にヘクスは背面の可動式バーニアを全開にして飛びかかる。
「勝つさ」
ヘルはそう一言だけ呟くと、流れるようにメガビームランサーを構える。
「ハァアアアアアアッ!!」
「ォオオオオオオオッ!!」
高熱の刃とビームの刃が激しくぶつかり合い、小規模の爆発が起こる。
ヘクスの爆発的な加速力を全てのせた一撃を、ヘルも大口径ブースターを全開にして正面から受けとめる。
「よくこの一撃を凌いだっ!だがぁ!」
両肘のブレードを展開したヘクスはその加速力を保ったまま連続的な斬撃に切り替える。
「その大振り一本では防ぎ切れまい!」
「ぐっ」
ヘルも驚異的な剣裁きで致命傷になるような攻撃は防いでいたが、じわじわとその体には切り傷が増えていく。
「どうした、まだシフトしないつもりかっ!」
「あの力は、友を見殺しにし、仲間を葬った力だ!二度と使わないと誓った!」
「ふざけるなぁっ!!」
「ぐぁあああっ!」
連続攻撃に態勢を崩しかけていたところへの強烈な一撃をくらい、ヘルはそのまま吹き飛ばされる。
ヘルの背後にあった岩山が弾けるように砕け、あたりに砂煙が立ちこめた。
「貴様、オレを愚弄するのも大概にしておけよ」
崩れた岩山に向かってヘクスは語りかける。
「まさか、まだそのままでオレに勝つつもりでは無いだろうな」
完全に優勢なはずのヘクスだが、その声には焦りが滲んでいる。
「勝つさ」
砂煙の中からはっきりとした声が返ってくる。
「お前とオレでは、振るっている力が違う」
ヘルが岩を押しのけながら立ち上がる。
「だから、オレは勝つ」
「・・・勝つ・・だと、その傷でか・・・」
ヘクスはヘルの左腹部を見ながら呟く。
さっきの一撃で大きく裂かれた腹部からは、人間の血液にあたるエネルギーリキッドが絶え間なく流れ続けている。
「守るための力は、復讐の力に敗れたりはしない」
「・・貴・・・様・・・」
ヘクスの拳がギチギチと音を立てる。
「って、どっかのヒーローも言ってたしな」
「貴様ァアアーーーーッ!!」
激昂したヘクスは爆発したような勢いでヘルに斬りかかる。
「何が違う!何処が違う!貴様とて己が為にその力を振るっただろうがぁっ!」
我を忘れたようなヘクスの攻撃に、わずかな隙ができる。
「オレが力を振るうのは、守る為だぁっ!!」
そのわずかな隙を見据え、ヘルは全身全霊を込めた一撃を叩き込む。
その衝撃でメガビームランサーとヒートソードが宙に舞った。
「守るだと!?コアドールの為に組織を裏切り、貴様の量産機達を殺した奴の言う事かぁっ!」
武器を失ってなお、攻撃を続けるヘクスの拳がヘルの顔面を捉える。
「そうだっ!それがアイツらの願いであり、オレの背負った業だっ!」
そしてヘルも少しも怯む事なく拳を打ち返す。
「体を統制システムで操られながらも、オレに『破壊してくれ』と通信してきたアイツらの気持ちがお前には分かるかっ!」
「分からんなっ!貴様も、量産機共も、何故機械のくせに己の存在理由を否定する!?」
「お前こそ分かれっ!あのまま計画が、システム=マグナ=インパクトが完了していたら、何千何万という天使や天の者が死んでいたんだぞ!」
「知った事かっ!貴様も機械なら大人しくプログラムに従えばいいっ!」
互いの言葉と共に殴り合っている二機のマニピュレータはすでにひしゃげ、そのボディはリキッドにまみれていた。
「たかがプログラムがどうした!オレはオレの意志で皆を、マナを守ると決めたっ!」
「ふざけるな!機械に、意志などあってたまるかぁっ!」
ヘクスの拳がヘルの胸部装甲を砕き、破片とリキッドが飛び散る。
「オレ達にも意志がある!アイツらにも、お前にもだ!」
その激痛に耐えながら、尚もヘルは叫び続ける。
「黙れっ!貴様の存在はオレの全てを、いや、全ての機械を否定する!貴様はっ」
ヘクスの言葉をヘルの拳が遮った。
「主任はオレに、プログラムを越える心を教えてくれた!
 そして滅ぼす為の力に、守る為の使い道を教えてくれた!」
一瞬、ヘルの脳裏にウォルフの言葉がよぎる。

『ヘルのその力は、ヘル自身のものだ。だからその力をどう使おうと、それは君の自由だ。
 でもできれば、君が正しいと感じる事に、ヘル自身の『正義』の為に使ってほしい』

「オレは他の力を滅ぼして得る平和など認めない!
 力の有る者も、無い者も、みんなが笑ってなきゃ意味がない!」
ヘルはその拳に、全てを込めて繰り出す。
「それが、オレの、『正義』だぁああああっ!!」





「・・・何故、殺さない・・・」
もはや動くことすら適わないヘクスは空を睨んだままで呟く。
「主任の気持ちを無駄にしたくはないからな」
ヘルはヘクスに背を向けたままで答える。
「どうせ暫くは動けないだろ、お前。いい機会だ、主任の言葉の意味をゆっくり考えろよ。
 そんで、考えた上でまだ戦うというのなら正面から来い。お前が分かるまで何度でも叩き潰してやるよ」
そう言い捨てると、ヘルは静かに飛び去った。

「・・・考えろ、だと」
残されたヘクスはただヘルの言葉を反芻する。
だがその声に先ほどまでの激しさは感じられない。
「・・・」
そして、ただ黙ってウォルフとヘルの言葉の意味を探ろうとする。
ヘクスにとっては、体の自己修復が終わるまでの、動けない時間の暇つぶし程度の気持ちだった。
しかしそれは、彼が生まれて初めて行った、プログラムではなく、彼自身の意志で行った思考でもあった。


帰還


義父の部屋があるアパートの近くで、ヘルは地上に降りた。
何か目的があったわけではない。
ただ単に、飛行を維持できなくなっただけだった。
「マズイな、さすがにエネルギー残量が少なすぎる・・・」
ヘルの全身にあった大きな損傷はすでにふさがっている。
実際は内部機関などはほとんど直っていないのだが、あの二人に怪しまれないように外部装甲の修復を最優先事項に設定したのだ。
しかしその為のナノ=システムの過剰な活性化に膨大なエネルギーを費やしてしまい、
結果飛ぶ事はおろか、まともに動く事すらままならないという現状に陥っている。
空中からはすぐ近くに見えたアパートも、とてつもなく遠くに感じる。
「くっそ」
ヘルは頭を振り、視界が闇に染まろうとするのを防ごうとする。
が、生物では無い彼にとってはその行為は気休めにすらならない。
さすがに行き倒れを覚悟した時、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

「何してんのお前?」

その声に振り向き、ぼやけた視界に映ったのは眼鏡をかけた男。
その手に白い長方形の物を持っているところを見ると、カートンで煙草を買いに行った帰りなのだろう。
「・・・・・」
何かを言おうとしたが声が出ない。
人間なら口をぱくぱくさせていた様に見えただろう。
嫌な奴に見つかったと思いながらも、緊張の糸が切れたのかヘルはそのまま前のめりに倒れてしまった。
エネルギー残量の急激な低下による強制凍結モード。いわゆる人間で言う気絶である。
「ったく、この莫迦は。こんどはどんな無茶してきたんだかね」
そう心底迷惑そうに言い捨てると、背中にヘルを担ぎ上げる。
「くっそ、だから重た過ぎんだよてめぇは!」
こんな重たい物を家まで運べばさぞかし晩飯は美味いだろうと呟きながら、彼は家への道を再び歩き始めた。


日常


黙って夕飯を貪り続ける一人と一機。
そしてそれを呆然と眺める少女が一人。
「・・・二人とも、どうしたの今日は?」
「どっかの莫迦のせいで余計な運動する羽目になったんでな。やたら腹が減ってんだよ」
箸を休める事なくヘルが答える。
「奇遇だな。オレもどっかの莫迦のせいで余計な運動して腹減ったんだよ」
本日の主菜であるチンジャオロースの皿から目を逸らさずに、すかさず義父がそれに反応する。
「よかったじゃないか、アンタは普段呆けすぎてるからな。調度良かったんじゃないのか?」
「ほう、恩人様に対してよくもそんな口が利けたもんだな」
ちゃぶ台の真ん中に置かれた大皿の上で二人の箸がつばぜり合いを演じている。
たかがおかずの取り合いに火花を散らしかねない勢いだ。

ズンッ!!

食卓とはかけ離れた音に二人が同時に振り向く。
そして振り向いた先ではマナが右手に巨大な鉄塊を形成している。
彼女が「マグナ=インパクト」と称し、愛用しているパイルバンカー型の兵器だ。
「何でもう少し、大人しく食べられないかな二人は?」
そう言って二人に天使のような笑顔を向けるマナ。
別に口も引きつってないし、目もちゃんと笑っている。心からの笑顔だ。
しかし、この顔がデッドラインすれすれである事を身を以て知っている二人は条件反射の様に動きが凍り付く。
「「・・・ご、ごめんなさい」」
「まぁ分かればいいけど」

何故夕食ですら危険と隣り合わせなのか。
何か理不尽なものを感じつつも、ヘルは大人しく食事を再開する。
でも、この部屋特有のその理不尽さがまた日常に帰ってこれた事を何よりも実感させる。
ありがたいのか、ありがたくないのかはよく分からないが。
分からないが、この食卓が守るべきものであり、帰るべき場所なんだろう。
いつかアイツにもそんなモノが見つかるだろうか。
数時間前まで死闘を演じていた相手の事を考えながら、窓の外を眺める。
(いや、見つかるさ。いつか)
かるく苦笑を漏らし、外を眺めたままチンジャオロースの皿に手を伸ばす。

ヘルの箸は、ただ空しく虚空を掴むばかりだった。


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