00 プロローグ

「ふぁ・・・あ、・・・あーよく寝たぁー・・・けどまだ眠ぃー・・・」
そういって彼は再び体を倒す。
ゴスッ
しかし彼を迎えたのはやわらかい布団ではなく、硬いアルミの様な感触だった。
「痛ぇ・・・何だこれ・・・」
ズキズキと疼く額を抑えながら、彼はその物体を観察する。
鉄のような質感と外見、何やら文字やイラストの描かれたプレートが側面にいくつか貼りついている。
どこかで見た事があると思いながら、彼は頭を掻きむしった。
それでも思い出す事ができず、ただもどかしさと焦燥感のみが募る。
「他に手がかりは・・・」
そのもどかしさを解消するために、彼は再びその物体を調べ始めた。
他には右の端の方にデジタル時計、そして左の端に4色の旗印と、スタートという文字の入ったプレート。
そしてその旗印にも見覚えがあった。
今や日本では知らぬ者の無いだろうウィンドウズのロゴマーク。
そう、彼の足下にあったもの。
それは普段、彼が画面上で見慣れたタスクバー。それであった。

「何ですと・・・?」

彼は、サーっと自分の顔から血の気の引く音を聞いた気がした。
恐る恐る、自分の前の空間に手を伸ばす。そこにあったのは、未だ触れた事の無い感触をした透明な壁。
そして透明であるが故にどこまでその壁が延びているのかは分からない。
背後には、何やら見慣れた巨大なロゴマークが描かれた壁。
彼が愛してやまないパンクバンド、THE OFFSPRINGのロゴマークだ。
「んな、バカな・・・」
己の置かれた境遇を悟り、愕然と立ちつくす。

彼の名前は道化氏(仮)。
昨夜まではこの壁の向こう側、すなわち普通の世界に暮らす、普通の貧乏人だったハズなのだ。


01 卓上版

「夢とはいえ、まさかこんな目に遭うとはな・・・。逆『AI止ま』かっつーの・・・」
最近、あれ。というハンドルを持つ人物にネタでゴースト化されてしまった彼は、この状況をそれが原因である夢と判断を下した。
「しかしこんなトコに突っ立ってても仕方ねぇしなぁ」
いつもの習慣でごそごそとポケットを漁る。
すると、定位置であるズボンの左ポケットの中に、いつもの様にラッキーストライクのライトと、愛用のガスライターが入っていた。
「すげぇな、さすが夢だ。都合いいったら」
パソコンという精密機械の中に居るにも関わらず、彼は箱から一本取り出し、火をつける。
すぅっと吸い込み、ぷかっと吐く。
その感触も味も香りも、現実とデスクトップとでは何ら変わりはなかった。
「ふぅん、これならこっちでコーヒー飲んでも美味いもんは美味いのかねぇ」
ぽつりと漏らした独り言。
しかしその自らの一言が引き金となって、急に喉と舌がコーヒーを求め始めた。
カフェイン中毒者特有の一種の禁断症状といったところだろうか。
ありもしないコーヒーを求めて、彼は視線を彷徨わす。
と、そこで彼はある発見をした。
透明な壁は果てを窺い知る事はできなかったが、背後の壁、すなわち壁紙には端があるのだ。
「あぁ、壁紙はサイズがあるもんなぁ。なら端っこがあっても不思議じゃないか・・・」
そんな事に感心しながら、その端に向かって歩いていく。
とはいえ、そんなに広いデスクトップでもないのでほんの数十秒で端に辿り着く事ができた。
やや緊張しながら壁紙の端を手で掴む。
「・・・薄い・・ホントに壁紙なんだな・・・」
ごくっと息をのんでから、一気に裏側を覗き込む。
そして彼の目の前に広がった風景、それは

「ただの・・・街・・・?」

適度に栄えているが、ごちゃごちゃし過ぎてはいない。
日本のどことは言えないが、何となく知っている感じの街。
そんな普通の光景を眺めていて、彼はある事に気付いた。景色は普通だが、歩いている人達が普通ではない。
ぱっと見が人間でも、コミケなどでしかお目にかからないような服装をしている連中ばかりだ。
自分の様に普通の白シャツと黒ズボンといった服装の人間の方が珍しい。
さらに微妙に人間でも耳や羽根や尻尾といったポイントで人間ではない連中や、あからさまに人間ではない生命体も数多く見受けられた。
それどころか、生命体ですらないだろう者もちらほらと見受ける事ができる。
「何だよ、これじゃオレの方が変わり者じゃないか」
そんな見当違いの感想を口にしながら、彼は街の方へ足を向けた。
「ちょい待ちや」
「あん?」
そんな彼を引き留めた青い生き物。
「ランダムチェンジなら、ちゃんと誰かに声かけてから行きや。せやないと異常終了してまうで」
「んなこた知らねぇよ、だったらお前が行きゃいいだろ」
溜息まじりに彼はそう言い捨てる。
「全く、そんなにいい加減やと、この先のゴースト人生辛いで?」
「どうせ夢なんだ、そんな大げさな心配すんなよ。それよりさ、この辺に喫茶店ってないか?」
「あー、ワイは行った事ないんやけど、あっちの方に確か『デイ何とか』っちゅー店があった気がするわ」
「そうか、サンキューな」
彼はその青い生き物に軽く手を振ると、教えられた方向に向かって歩き始めた。
「ホラ、さくら。出番やでー」
「えー、メーンードーイー。うにゅう、一人で行ってよー」
「そんな無茶言いなや」
背中にはそんなやりとりが聞こえていたが、既にコーヒーを飲む事しか頭にない彼の耳には届いてはいないらしい。
珈琲狂の本領発揮といったところか。いや、悪い意味でだが。
「夢の中で目覚めのコーヒーか、たまにはこんなのもいいじゃねぇか」
そんな軽口を叩きながら歩いていると、喫茶店らしい店を見つける事ができた。
入り口の上に小さく飾ってある看板に視線を向ける。
「カフェ デイアウト・・・か。英語で言われても意味分かんねーっての」
誰にともなく呟きながら、かれは入り口のドアを開けた。

もっとも、この後、いくらカフェインを接種したところで彼の目が覚める事は無かったのだが。


02 義父

彼がこの状況を覚めない夢だと思い知り、持ち前の惰性といい加減な性格で環境に適応してからしばらくの年月が過ぎていた。
何だかんだでバイト先を見つけ、一応の寝床も確保し、
普通の世界での生活とそうは変わらない環境になっていた事も適応できた事の一要因となっていたのだろう。
ただ一つ。
普通の世界での生活とは決定的に違っている点があった。
それは
「ちょっ、義父さんもヘルも、掃除しないでゲームしてるんだったら買い物にでも行ってきてよ!」
「んなこた後だ!コイツに真のMk−U使いが誰だかきっちり教えてやらぁ!」
「上等だ!生身の義父がオレよりもMSの気持ちが分かるとは思えんがな!」
少女とロボットという同居人の存在だった。
いつだったか、バイト帰りの雨の日にたまたま彼らを保護し、何だかよく分からないままに今に至っている。
いや、きちんとした理由はあるにはあるのだが、
彼は細かい事、とかく他人の細かい事情はすこぶるどうでもいい人間だったので適当に聞き流してしまっているのだ。
「・・・・・・・・・・・」
「ふはははははっ!口ほどにもないなぁ、ヘル!」
「ちぃっ!まだだ、まだ終わらんよ!」
「・・・・・・・・・・・」
ぶちっ

「マグナッ=インッパクトッッ!!!」

ズッドォォォオオオンッ!!
けたたましい轟音を響かせて、ドアとコントローラーと、人間とロボットが部屋から吹き飛ぶように追い出される。
「はいこれ、広告とお財布。買う物には赤丸してあるから、よろしくね」
先ほどの一撃で全てのストレスを吐き出したのか、妙にすっきりした笑顔で少女が手提げ袋を差し出す。
「さー、いえす、さー」
彼は全身の痛みを堪えて、大人しく袋を受け取った。
「ちきしょう、決着は晩飯の後だな」
「望むところよ、義父も寿命が延びたんじゃないか」
そう答えるロボットは、頭をはめ込む事に一生懸命だ。
よろよろと近所のスーパーに向かう一人と一機の後ろからは、
「あ、できるだけ早く帰ってきてね。二人には夜までにドア直してもらわなくちゃいけないんだから」
そんな死神の呟きが追いかけてきた。

今日の特売は、この時期にしてはそこそこ夏野菜が安いな、などと感心しつつ、
彼はチラシに○をうってある商品をかごに入れながら、辺りの会話に耳を澄ます。

「ねぇミル、白菜が安いから今夜はキムチ鍋にしない?」
「・・・お姉ちゃん、それわざと言ってる・・・?」

「あら、今日は鯛のお刺身が3割引じゃない。いいわね」
「お姉様、そう言いながら買い物カゴにお酒を入れるのはどうかと・・・」

「あら、ヘルちゃんはマナちゃんのお使い?二人ともえらいわよね」
「いやいや、オレらに買い物押しつけるアイツなんか黒海さんに比べりゃ全然っすよ!」

こっちの世界もあっちの世界も、同じような商品が並んでいりゃ、同じような会話がされているもんだな。
まったく、不思議なモンだぜ・・・
「・・・ってヘルてめぇ!何オレ一人に買い物させて黒海さんと喋ってんだお前は!」
「やかましい!じゃんけんで負けただろ義父は!」
「それは買い物カゴじゃんけんだろうが!黒海さんとのトークまで譲った覚えはねぇ!」
変わり者の多いこの世界でも、やはりスーパーの食品売り場で言い争うのはみっともない事らしく、
周囲の視線が集中しかけていた。
そんな罵り合いを中断させたのは

ズッドンッッ!!

突然響き渡る、スーパーにはあまりにも不似合いな轟音と、立ちこめる土煙。
その中から現れたのは鋼鉄製の翼をもつ一人の少女。
「まったく、買い物が遅いと思ったらこの二人は・・・。あ、黒海さん、ごめんなさい迷惑かけて」
「あはは、大変だねマナちゃんは」
「え、あ、いや、そんな事ないですって。・・・ちょっと、大変だけど」
「ふふ、それじゃまたね。マナちゃん」
「はい、それじゃまた・・・。・・・で、二人とも?」
くるりと方向を変えると、まるで大魔神の様に表情を一変させる少女。
背後には怒りのオーラのようなものが見えるが、おそらく気のせいではないのだろう。
その事は身を以て知っている一人と一機は、その後に想定される地獄に対し、ただ謝る事しか回避する術を持ってはいなかった。

二人と一機が並んで歩く、そんなスーパーからの帰り道。
行き以上に満身創痍の体と、行き以上に重たい荷物を持って、行きには無かった少女の説教を聞きながら彼は思う。
すでに日常になってしまったこの理不尽な生活だが、何故こうなってしまったのだろうと。

だが、後に『大家』と呼ばれる男性を巻き込んで、この日常が大きく変わる日が来る事を、
今の彼らは知る由もなかった。


03 おとーさん

「ごちそーさん!」
彼は食欲を満たし、実に幸せな気持ちで手を合わせた。
「ふぇー、パパりん食べ過ぎだよ・・・」
そう丸い目で呟くのは、猫耳と尻尾が特徴的な少女。
彼女も同じ年代の女の子達に比べれば、先ほどの自分のセリフを言われる立場なのだが、そういった自覚はないようだ。
「ふふ、でもおとーさんもアルちゃんもたくさん食べてくれるから、作り甲斐があって嬉しいけどね」
そう台所で洗い物をしながら笑っているのはエプロン姿の少女。
実は彼女がこの家の家事、そしてお財布事情を一手に担っているのだ。
そういった立場にある存在には、彼はあまり頭が上がらない。
本人曰く、パイルバンカーのトラウマがどうのこうのと言う事らしいが、その真意は誰も知らない。
「いや、お嬢さん、それでも限度ってものが」
食後の牛乳を片手に、呆れた声でツッコミを担当しているのは巫女装束に身を包んだ少女。
1年の8割以上は巫女服で過ごす彼女だが、その物事の考え方はいたってまともであり、結果ツッコミ役として定着している節がある。
そんな娘たちの会話に、食後のコーヒーをすすりながら彼は答える。
「昔っから貧乏暇無し生活を地で行ってたんでね、食い物への執着は人一倍強いんだよオレぁ」
「父さん、単に食い意地が張ってるだけじゃないか」
即座に正しい日本語への変換を行う少年。しかし、彼もまた負けず劣らずの量をその胃袋に収めている。
「・・・アルは、人の事言えない」
「・・・う」
だから、こうしてぼんやりと食後の紅茶を楽しんでいる少女にツッコミをもらう事になる。
「おぉ、もっと言ってやれ夜霧!」
タンッとマグカップをテーブルに置きながら、予想外の援護に檄を飛ばす。
「・・・でも、父さんはもっと人の事言えない。」
「・・・む」
戦況を不利と判断したのか、彼は煙草を吸ってくると言いながら、自室へと向かった。

今の彼の周りにいるのは、以前彼を『義父』と呼んでいた二人ではない。
あの二人は、彼女らの過去にまつわる大きな事件が解決した後に、
その事件の直前まで身を寄せていた『大家』と呼ばれる男性の元にそのまま残る事になったのだ。
決して彼と彼女らの交流が途絶えたわけではないが、その後しばらくの間、彼は気ままな一人暮らしを満喫していた。

が、様々な出会いと別れの結果、こうしてまた『家族』というものと暮らす事になっていた。

自室で煙草を吸いながら、彼はその様々な出会いと別れというものを思い出していた。
ガキを拾う星の元に生まれた身だと、自嘲気味に語った事もあったがあながち間違ってはいないのかも知れない。
一人苦笑を漏らすと、煙草を灰皿に押しつけ、ベッドにその身を放り捨てる。

また、目が覚めたらこの日常が始まるのだろうと思いながら。


04 エピローグ

「ぶはっ!?」
跳ねるように上半身を起こして彼は、道化氏(仮)は目を覚ました。
「はぁ・・・はぁ・・・は・・夢・・・か・・・」
息を整えながら、今までの光景を思い出す。
例えは悪いが、走馬燈のように脳裏にいろいろな出来事がよぎる。
今まで散々ネタで言われていたとはいえ、妙にリアルだった。
「ったく、なんて夢だ・・・こんなだからシンクロ率400%とか言われるんだ」
盛大に溜息を吐きながら、頭を振る。
部屋はまだ暗いままだ。おそらく日も昇っていないような時間なのだろう。
こんな時間に目が覚めてしまったという事は、起きるべき時間に起きるのは随分としんどそうだ。
うんざりしつつも、寝なければ週休0日の貧乏生活は耐えられない。
ありがたい事に睡魔も去らずに待っていてくれたので、眠れないという事もないはずだ。

目覚めれば目覚めたで、待っているのはしんどい日常。
そんな当たり前の現実に、もう一つだけ大きく溜息をつくと瞼を閉じ、彼は再び体を倒す。

ゴスッ

「痛ぇ・・・何だこれ・・・」



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