father side XI 「川と花と夢」
何だか頭が痛くなるような朝飯が済んで、ガキ共を送り出した後、居間でのんびりと食後の一服を楽しむ。
はぁ、いつもならサボるくらい何でもないんだがな。
みさきのヤツが朝飯の時にあんな事を言い出すもんだから、少しだけ後ろめたい。
ま、後ろめたかろうが何だろうが、この「野暮用」は毎年のことだ。
目をつむってもらうことにしよう。
そんな事をうだうだと考えながら、食後の四服を終了したところで、灰皿を片付ける。
アルの部屋に顔を出して、ちょっと出かけてくるとだけ告げると
「あんな話の後でさっそくサボるのか」
なんて呆れていたが、
「ちょいと野暮用でな」
とだけ返しておいた。
ぶらぶらと散歩気分で商店街を歩いていくと、目的の店が見えてくる。
もう80になろうかって癖に元気な婆さんがやってる仏具店だ。
年寄りだけあって、商店街の中でもずば抜けて開店が早い。
そんなに早く開けた所で客なんざ来やしないってのに、ずっとそうしている。
本人曰わく、やることが無いから開けるんだそうだ。
「よぅ、婆さん。相変わらず年寄りは朝が早いな」
片手を挙げながら、笑って声をかける。
「朝っぱらから店を放って散歩してる若造よりはマシさね」
さすが年寄りは言う事が違う。
見事なまでの正論だ。
「まぁ、そう言わずにさ。線香と、いつもの花を頼むよ」
笑ったままこちらの用件を告げると、婆さんの表情が少しだけ曇る。
「そうかい、今年ももう、そんな時期だったねぇ」
「ああ、もうそんな時期だよ」
オレも今朝まですっかり忘れてたけどな、と腹の中だけで付け足す。
婆さんと別れた後、のんびり30分ほど歩いて、オレは目的の場所に立っていた。
お天道さんの日差しも、風の強さも丁度いい。
川も気持ちよさそうに流れてやがる。
いい、天気だ。
「よっこいせっ・・・と」
その流れる音が聞こえる所に腰を下ろすと、がさがさと音を立てて包装紙(と言っても古新聞だが)を剥がす。
そこから顔を出したのは、この川で消えたアイツの
上総の好きだった白い花だった。
「そういや、なんて名前だったっけな、コレ」
その小さな花束を手で弄びながら、一人呟く。
前に一度、アイツに聞いたことがあったが、忘れてしまった。
仏具店の婆さんにも「いつもの花」で通じてしまうので、今更調べる気もさらさらない。
「まぁ、名前なんかどうでもいいか。ホラ、今年も持ってきてやったぜ」
苦笑混じりにそう呟くと、数輪の小さな白い花束を川に放り投げる。
放物線を描く花束を最後まで見届けずに、ごろりと河原に寝そべった。
・・・ポチャンッ・・・
・・・カラランッ・・・
「あー、いらっしゃいませー」
カウベルの音に反応して、さも気怠そうに歓迎の挨拶を吐き出す。
さぞ客には失礼な態度なんだろうな。
「わぁー、人が全然いないや・・・」
が、その客から返ってきた返事は店主に対して失礼なものだった。
憮然とした目でその客を睨んでいたが、その視線に気付く気配は一向にない。
いや、それどころか
「おっかしいなぁ、私の美味しい物センサーも鈍ったのかなぁ・・」
などと、腕組みをしながら暴言を吐き続けている。
「別に、不味いモン出して金を取るような詐欺はやっちゃいねえよ」
必殺のソルトコーヒーでも出して二度と寄りつかないようにしてやっても良かったが、
散々な言われようだったもんだから、つい言い返してしまった。
「あれ?お兄さんが店長さんですか?他に人がいませんけど」
「ああ、一応ここはオレの店だ。あと、悪いがまだアンタにお兄さんとか言われるような年じゃあない」
見たところ、入って来た女性と年齢はそう違いそうにない。
そんな奴から年上前提で呼ばれると、遠回しなオッサン発言に聞こえるので勘弁してもらいたかった。
「あ、別に悪気はなかったんですよ?」
両手を体の前で振りながら、苦笑混じりに弁解を始める。
そうか、あれで悪気がなかったとしたら、そりゃ天然以外の何者でもない。
嫌なタイプのキャラだ。
「別に、客がいねえのは事実だ。構いやしねえよ」
そう言いながら、カウンターにメニューを拡げてみせる。
さっさと飲むモン飲んで帰って欲しかった。
「あ、ホントだ。けっこう種類多いんですね」
メニューに並んだ豆の種類を見ると、感心したような声色で呟いた。
「まぁ、趣味の延長でやってるような店だからな。その辺は一応押さえてるさ」
「・・・趣味?」
カウンターの右から3番目のスツールに腰掛け、上目遣いに聞いてくる。
「ああ。元々、コーヒーは好きなんだけどさ。青春時代をだらだら過ごしてたら、選択肢が無くなっちまっててな。
で、何ができるでもないし、仕方ないから今はこんな商売やってるってワケだ」
そいつはふーん、と納得したようなしてないような顔で聞いていた。
「でもさっ」
ポンっと手を合わせながら、唐突に声をあげる。
「何かを無理に削ぎ落とす事もしないで、これが残ったって事は、きっとこれが店長さんの天職なんだよ」
そう勝手に言ってのけると、満足げにニコニコしていた。
・・・に、苦手だ。
人のペースに合わせるのが苦手、というより嫌いなオレにとって、この手のキャラは非常にやりにくい。
こちらにペースを合わせるでもない、かといってこちらを巻き込むでもない。
ただ、ひたすらに、鬼のようにマイペース。
正体不明の疲れがつきまとうタイプだ。
「・・・阿呆」
やっとの事で、なんとかそう一言だけ絞り出す。
「何でぇっ!?」
満足のいった解説を否定されたのが気にくわないのか、不満の声をあげる。
「何でもクソもあるか。馬鹿な事言ってねえで、さっさと注文決めろって」
ポケットを漁りながら、注文を促す。
抗議の声は、まあ、当然のごとく無視をする。
「むぅ、お客様に対する店員の態度じゃないよ、それ」
「うるせぇ、お前こそ初めて来た客の態度じゃねえ」
ふくれっ面で、なおも文句を言ってくる奴に、煙草に火をつけながらそう言い返す。
「あー!お客の前で煙草まで吸って!」
「うるさいな、いいからさっさと何か注文でもしろよ」
「じゃ、何か美味しいの」
「・・・ぐぁ」
本気で体がぐらついた。
ちくしょう、そう来たか。
人が親切にメニューまで拡げて、注文を散々促して、その挙げ句に注文がこれか。
人と飯を食いに出かけたくない理由の一つに「なんでもいい」と答える奴が多い、というのがある。
が、よもや店でまでそんな目に合うとは。
ムカつく。
こいつムカつく。
「オーケー、分かった。美味いのだな?」
「うん」
あっけらかんと答えるその顔には、一切悪意のようなものは感じられなかった。
クソ、本気でムカつくぜ。
絶対にこの馬鹿に美味いって言わせてやる。
気合いを入れて煙草をもみ消すと、カウンターに背中を向けた。
万人向けにブレンドされている豆から一つを選び、一番女性が好む香りとされるモカ・マタリを加え、
そこに若干甘みを強くするためにグァテマラを加える。
ブレンドの方は、酸味より苦みに重点を置いたブレンドを選んでいるし、
それぞれの豆の分量からみても、味は破綻しないハズだ。
それらをコーヒーミルに入れ、スイッチを入れる。
ちなみにミルも味がしっかり出るように、いつもよりグラインド数をほんの少しだけ細かくしてある。
挽き終わった豆をペーパーフィルターに移すと、湯の温度、注入のタイミング、全てに気を使って慎重に淹れる。
それをウォーマーで温めておいたカップに注ぐと、奴の前に置いた。
「ホラよ、会心の一杯だ」
「うん、いただきます」
一杯出しではあるが、豆の味をきちんと出し切るために少し多めに淹れてあったので、
残りを別のカップに注いで自分でも飲んでみる。
よし、悪くない。
味はソフトな苦みとしっかりしたコクがあるし、香りも甘く鼻孔を刺激する。
きちんと味が出ているし、かといって余計な渋みを出し過ぎてしまったりもしていない。
バランスも良いハズだ。
コイツとオレとの舌が壊滅的にずれてない限り、不味いとは言われない自信はある。
会心の一杯だと言ってしまった手前、相手のリアクションが気になって、つい反応を窺ってしまう。
「あ、美味しい・・・」
「ぃよっし」
カップを持っていない左手でかるくガッツポーズ。
って、しまった。何を喜んでんだオレは。
いくら気合いを入れたからって、相手のリアクションにそうも反応する事ないだろうに。
何となく居心地の悪さを感じて、黙って自分のカップをすする。
・・・・・。
あー、うめぇ・・・。
「ねぇ?」
「あん?」
人がのんびり一服しようってのに無粋な奴だ。
「これだけちゃんとした物を淹れられるのに、どうしてお客さんいないのかな?」
さも不思議そうな顔をして、こちらを見上げながらそう問いかける。
いや、本っ当に無粋な奴だ。
「だから言っただろ、趣味の延長だってな。別に繁盛させる努力なんかしてないし、する気もない。
収入なんざ、せいぜいオレ一人を養っていけるだけありゃ十分だしな」
カップの残りを一気に煽りながらそう吐き捨てる。
世間の目にはろくでもない世捨て人のようにしか映らないだろうが、その世捨て人の生活が性に合っているのも事実だった。
「なんか、可哀相だね」
「はぁ?誰が?」
「誰って、コーヒー」
「はぁあ??」
そう言いながら、そいつは満足げにカップの残りを空ける。
もう何言ってんだがさっぱりだ。
「だってホラ、ちゃんと美味しいのに、みんなに飲んでもらえないんだよ?可哀相だよ」
「それじゃあ、まるでオレが悪者みたいじゃないか」
「うん。だってアナタ、善い人っぽくないもの」
うわ。笑顔でケンカをふっかけられちまったよ。殴りてえ。
「だからね」
そう言いながら席を立つと、チャリン、と音を立てて500円玉をカウンターに置いた。
「今度また、友達とかにも宣伝しといてあげるよ」
「いや、余計な事すんな」
何かもう肩がぐったりしてきた。
「女の子の口コミを甘くみない方がいいよー?
あ、でもケーキも何もないから若い子受けはきっと良くないよね。店長はこんなのだし」
この馬鹿、人の話聞いちゃいねえ。
その上失礼だ。
「はぁ、もう勝手にしてくれ」
「あ、大丈夫大丈夫、病院とかでオジサンたちに勧めておくから。きっとそのくらいの年代には受けるよ」
「・・・病院?」
一瞬ヤツの顔が曇った気がしたが、違和感のようなものを感じる間もなくさっきまでの表情に戻っていた。
「何でもないよ、それじゃごちそうさま」
「毎度あり、うっさいからもう来んな」
人の切実な願いを冗談と受け取ったのか、くすくす笑いながらドアに向かう。
本当に自分勝手な解釈しかしないヤツだ。
「そうだ」
「何だよ、まだ何かあんのか」
ドアに手をかけたところで、また振り返る。
もういい加減にうざい。
「名前、まだ言ってなかったよね。私、上総っていうの。アナタは?」
「・・・道化氏」
もう何を言っても無駄な気がしていたから、簡潔に質問にだけ答える。
「ふーん、それじゃまたね、道化氏さん」
そう言ってかるく手を振りながら、台風は去っていった。
「ああ、またな」
閉まるドアに向かって、自分でも知らないうちにそう応えていた。
・・・カラランッ・・・
・・・ピピピッピピピッ・・・
「・・・んあ」
腕時計のアラームで目が覚める。
しまった、横になってたら本格的に寝入っちまってたらしい。
もう日もけっこう高い所まで昇っている。
腕時計で時間を確認すると、すでに昼飯時になっていた。
立ち上がってぐぅっと伸びをする。
「ぼちぼち帰るかぁ、あの欠食児童も腹空かしてるだろうしな」
かるく服についた草を払うと、朝買った線香などが入った袋を持つ。
「ああ、そうだ」
さっきの夢を思い出しながら、川に向かって声をかける。
「ケーキセットのアイデア、宿題のためにもらうぜ?」
返事なんかは当然なかった。
が、風の音か川の音かは分からないけど、小さな笑い声が聞こえた気がした。