father side Z 「そして静夜」


「さてっと、なーに作っかなぁー?」
冷蔵庫を睨めながら一人呟く。
材料に不足はない。ただ幅がありすぎる。
『残り物で何とか凌ぐ』というのがオレの基本的なスタンスなだけに、
こうも選り取り見取だとかえって方向性が定まらない。
まぁ、何喰いたいって質問に何でも良いって言われるようなもんだ。
あれが一番困る。
ともあれ、このまま冷蔵庫と睨め合いしてて飯ができるわけじゃない。
ガキ共には悪いが、ここはオレの好みでご飯に合う路線で攻めさせてもらうとするか。
「おっ、鶏もも肉あんじゃねぇか。・・・じゃ、こいつでいくか」
オレにとって米と鶏はゴールデンコンビといえる組み合わせの一つだ。
まぁ贅沢を言えば豚の角煮なんかが最高なんだが、あれは一晩寝かせる必要があるから今回はパス。
薬味になる長ネギもあるし、ご飯にも合うし、オレの好物だしバッチリだな。
メインをチキングリルにするなら、少しさっぱりしたヤツを野菜で一品。後は汁物か。
「お、クレソンなんかあるのかー。それじゃこれと何かでおひたしでも・・・」
「おとーさん、野菜室にはすぐ食べれる物は入ってないよ?」
ぶつぶつ呟きながら野菜室を漁っていると背後から呆れたような声がかかる。
「みさき、晩飯を作ろうとしてる父親を捕まえてつまみ食い呼ばわりはないだろ」
すでに風呂に入って暖まってきたんだろう。
普段着に着替え、その長い髪はまだ少し湿り気を帯びている。
「えっ、晩ご飯?おとーさん、どーしたの急に?」
「別に、今日はどいつもこいつも疲れてんだろ。それだけだ」
「そんな、あたしは別に大丈夫だよ」
「嘘こけ。あんな雨の中散々走り回って、あれ。を支えて歩いてきたんだろ。
 いくらお前がじゃじゃ馬でもそりゃ堪えるっつの」
「でも・・・」
全く、昔は喜んで人の飯喰っといて、そんなにオレの炊事能力は信用が無いってのか。
まぁ、事実コイツに家事ではもう敵わないのだが・・・。
頭を掻きながら、大きな溜息を一つ。
いつもの事だが、オレの負けだ。
「分かったよ、それじゃみさきも手伝ってくれ。
 メニューはだいたい決めてあるから、適当に汁物の方を頼むわ」
「うん、分かった。で、メニューって何にするの」
「おお、メインがチキンのグリルで、後はクレソンと…」
答えながら野菜室を漁っていると、しめじを発見。即断で副菜決定。
「…しめじのおひたしだ」
「それじゃ、汁物も少しさっぱり目の方がいいね。簡単なスープでもつくろっかな」

しばらくはキッチンに包丁がまな板を叩く音や、鍋で水が沸騰している音が響く。
何かを作っている時のこの音達は、妙にリズム感があったりして音楽のようだ。
ジャズのセッションに近い気がして結構嫌いじゃない。
黙って自然のジャムに聴き入っていると、横から不機嫌そうな声が飛んできた。
「おとーさん、さっきから何にも喋ってくれない」
「え、ああ、悪い。ちょっとぼーっとしてた」
コンソメスープに入れるタマネギを刻みながら、みさきは少しふくれっ面をしている。
「もー、おとーさんと料理するのなんてすっごい久しぶりなんだから、
 もっとこう新婚さんみたいな会話があってもいいと思うんだけどなー」
「ごふっ」
吹き出した勢いでしめじがオレの手からダイブしていく。
危ねぇ。キャベツ切り終わっててよかった。
「なな、何で久しぶりに飯つくったらそうなんだよっ!?」
「・・・何よ、そんなに嫌がらなくてもいいじゃない」
「え?」
急に声を落としてうなだれてしまった。
おいおい、いつものツッコミは何処に行ったんだよ。
新手のからかい方なのかと思って反応を待つ。
「・・・・・」
マズイ。何なんだ、この沈黙は。
それにしてもいつも騒がしい奴が逆に黙るってのは、それだけで脅迫めいた何かがある。
だから、ついぼそっと言ってしまった。
「いや、別に嫌ってわけじゃないんだがな」
って何を言ってんだ。馬鹿かオレは。
かなり小声な独り言だったハズだと、聞こえてない事を祈りながら隣に視線を向ける。
みさきはうつむいたままの姿勢で立っている。
が、その肩は小刻みに震えていた。
「み、みさき・・・?」

「…ぷっ…くく」

「…お、おとーさん、こ、困りすぎ……かわいー…」
「は?」
「だ、だって、いつもとアプローチ変えたら本気で困ってるんだもん」
やはり、からかわれた。
それはいつもの事だが、さっきの独り言が頭に響いて逃げ出したいような衝動に駆られる。
「ば、馬鹿!困ってねぇ、全然困ってなんかねぇって!」
「へへー、そんな無理しなくってもいいじゃない。おとーさんずっと黙っておたおたしてんだもん」
「お前もちゃんとからかう時は、先にからかうよって言ってからにしろよっ!」
言ってる事が滅茶苦茶だ。
こんな小娘に動揺させられている自分が情けない。
「だからさっき言ってたじゃない。『おとーさんをからかうのは後でもできるし』って」
「・・・あ」
確かにあれ。をコイツに頼んだ時にそんなセリフを聞いたような気がする。
つまりあの時から警戒していなかった時点でオレの敗北は決まっていたらしい。
「あー、もー、後は鶏肉に火を通すだけだから、お前はみんなにもうすぐ飯だぞって言ってこい」
「そうだね、あんまりからかって怪我されるのも嫌だし」
さすがにオレでも怪我するほど動揺はしないと思うが・・・。
いや、しかねないな。
「あ、おひたしだけ冷蔵庫にしまってってくれ」
「うん。あ、あれ。ちゃんはどうしようか?」
「そうだな、もし寝てるようだったらそのまま寝かせといてやってくれ。
 そん時は後で何か作って持ってくからさ」
「分かった。それじゃ、後よろしくね」
「あいよ」
おひたしの入ったボールを冷蔵庫にしまうとみさきはキッチンを出ていった。
「はぁ」
フライパンで鶏皮を焼きながら溜息をつく。
何で飯の支度だけでこんなにも疲れてるんだ、オレは。
それにあの独り言だってあれだ。
アイツの作る飯はオレのよりも美味いからな。ただそれだけだ、他に意味なんかねぇ。
「って誰に言い訳してんだよ」
自分の情けなさに肩を落としながら、フライパンの上の鶏肉をひっくり返す。
キッチンには鶏肉が焼ける音だけが響いた。


それから普段通りの夕食が終わり、食器の片付けも終わった所でオレは再びキッチンに立っていた。
結局夕食時に起きてこられなかったあれ。の夜食作りだ。
別に病人ってわけじゃないから気を使う必要はないだろうが、とりあえず消化の良い卵雑炊を作った。
雑炊と麦茶を持ってあれ。の部屋へ運ぶ。
「おーい、あれ。ー。飯だぞー」
かるくノックをした後に声をかけるとドアを開けて中に入る。
「あ、父さん。すいません」
浴衣姿のあれ。は上半身を起こして答える。それだけの動きだけでもきつそうだ。
「別にいいって。それから、病人と怪我人ってのはな『すいません』って言っちゃいけねぇんだぞ。
 許される発言は『要求』と『ありがとう』だけだって昔から決まってんだよ」
「そんなの、初耳です」
「そりゃそうだろう。オレが今決めたんだからな」
そう言って苦笑しながら盆をあれ。に渡す。
「昔から決まってるんじゃなかったんですか?」
あれ。も少し笑いながら盆を受け取る。

しばらくはつまらない冗談を言いながら、あれ。に麦茶を注いだりしていた。
「ごちそうさまでした」
「おう、お粗末さん」
雑炊をきっちり喰ったって事は、食欲はちゃんとあるみたいだな。
とりあえずは一安心ってとこか。
皿とコップの乗った盆をあれ。から受け取った後、少し間を空けてからあれ。に話かける。
「なぁ、あの連中の事なんだが…」
「はい」
おそらくこの話題が出る事を覚悟はしていたんだろう。
あれ。は少しも動揺する事なく、こちらを見ている。
「オレは、アルには説明しておいた方がいいと思ってる。
 他のガキ共はともかく、アイツは確実に巻き込んだ。
 知っておいた方がアイツも何かあった時に対処がしやすいと思うんだ」
「・・・そう、ですね」
そう呟くあれ。の声は肯定的なセリフとは対照的に暗い。
「で、アルにそう言ったら、アイツは聞くか聞かないかはあれ。にまかせるってさ」
「え、私に…ですか?」
「そう意外そうな顔すんなよ。
 アルが自分の安全とかのためにお前の意志を無視するような奴じゃないって事くらい、お前が一番知ってるんじゃないのか?」
「えぇ、よく、知ってます」
そう答えるあれ。の声は少し震えている。
「まぁ、オレの話はそんだけだ。答えはお前にまかせるよ」
あれ。の頭をかるくぽんぽんっと叩くと盆を持って立ち上がる。
「・・・兄さんには、黙っていてください」
うつむきながら、呟くようにあれ。は言った。
「アル兄さんには、いつか私から、きちんと話しますから」
少し震えたままの声で、それでもはっきりとあれ。はそう宣言した。
「そうか、分かった」
そう一言だけ答えると、あれ。の頭を撫でてからドアに向かう。
「あー、そうだ」
ドアノブを握ったままあれ。の方に振り向く。
「間違っても、迷惑になるから出ていこうなんて考えるんじゃねぇぞ。
 そんな馬鹿なトコまでアイツに似なくてもいい」
それだけ言うとドアを開け、部屋を出る。
ドアを閉める時にあれ。の小さな返事が聞こえた。


そうだ。自分が重荷になるから去ろうだなんて考え方、馬鹿馬鹿しいにも程がある。
自室に戻り、煙草をふかしながら心の中で毒づく。
そんなもんは互いの様子を伺わなければならない友達ごっこをしている連中に任せときゃいい。
腹の中の苛立ちを追い出すように煙を吐き出すと、まだ半分ほど残っている煙草を灰皿に押しつけた。
その薄れていく紫煙の向こうには、常に伏せてある一つの写真立て。
そしてそこに写っているのは、かつてその馬鹿な選択肢を選んだ大馬鹿者だ。
何年ぶりかに立てたその写真の中では、その馬鹿者が相変わらずの脳天気な顔で微笑んでいる。
「悪い、今日はオレ達のガキ共を危ない目に遭わせちまったよ」
瞼を閉じて、懺悔するように呟く。

・・・でも、無事だった・・・。

「頼りになる長男のおかげさ。オレ一人だったら、気付いた頃には後の祭りだった」

・・・どうして、もしもの事まで背負い込むの・・・。

「もう、あんな思いはごめんなんだ」

・・・あなたは、自分を削りすぎてる・・・。

「そんな事ない、所詮は自分の為さ。オレは守ろうとする事で自分の傷を治してんだ」

・・・でも、全然治ってない・・・。

「それは」

・・・忘れないことと、縛られることは違うんだよ・・・。

「縛られる趣味はねぇよ」

・・・そうやって、自分の幸せは見ようともしないんだね・・・。

「オレの?」

・・・鈍いから見れないだけかも知れないけど・・・。

「やかましい」

・・・もう少しくらい、自分の為に生きてもいいんだよ。私も、神様も、誰も責めたりなんかしないから・・・。


「・・・自分・・の・・・為・・・・・


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