the first contact〜prolorgue〜
彼は逃げ続けた。
熱、音、あらゆるレーダーからすでに追っ手の姿は消え去っていたが、
それでも何か、目に見えない殺気のようなものに追われている気がした。
護るべき者をその腕に抱えている事が冷静さを失わせたのかも知れない。
もっと速く、もっと遠くへ。
ただひたすらそれだけを考えて彼は飛び続けた。
しかし、休む事もなく戦い、飛び続けた彼の体はとうに限界を超えていた。
いかに意志が前に進もうとしても体がそれについてこない。
しだいに視界が闇に染まっていく。
そしてその夜、空から一つの星が落ちた。
雨の日の拾いモノ〜義父の記憶〜
「ったく、ひどい雨だな」
苦々しく吐き捨てながら雨の中をのんびりと歩く。
ひどい雨だと言いながら、急ぐ気はさらさら無かった。
そもそもバイトの帰りなのだからとりたてて急ぐ必要もなかったし、
どうせなら雨の中を散歩してみるのも悪くないと思っていたからだ。
のんびりと歩きながらポケットからラッキーストライクを取り出して火を着ける。
ゆっくりと肺の隅々にまで吸い込んでから、空に向かって煙を吐き出す。
ニコチンが血液に溶け込むような、心地よい感覚に少し酔いながら、
「ちーとばかし湿気てるな、だから雨の日は嫌なんだ」
紫煙とともにまた文句を吐く。
もっとも、この文句をいちいち真に受けていたらオレがこの世で嫌ではないものの数などたかが知れてしまうのだが。
それからしばらくの間あてもなく雨の中を歩き回り、
そろそろ家に向かおうかとしたところでそれは目に入った。
「何だ、ありゃ?」
向こう側の電信柱の陰に見える影。
低い視力とこの雨のせいではっきりとは分からないが、人が倒れているように見える。
「冗談だろ、オイ」
嫌なモン見つけちまったと思いながらも、それに近づいていく。
「別に善良な市民ってワケじゃないが、見て見ぬフリってのもなぁ」
誰にともなく言い訳しながら側まで近寄ったところで自分の目を疑った。
「何だよこりゃ?」
ぐったりとした感じで眠っている少女と、その少女をかばうように倒れているロボット。
それだけでさえ異常な光景なのに、その少女の血の気のない白い顔と、
まるでトラックか何かに撥ねられたようにボロボロになっているロボットの外観がその異常さをさらに際だたせている。
まず間違いなく尋常な状況ではない。
まぁ、どうせテレビか何かの企画だろうと思いながらも一応声をかけてみる。
「おいガキ、生きてるのか?」
返事はなかったが、口の近くに手をやるとかすかに息をしている事は確認できた。
とりあえず死体の第一発見者にはならずにすんだと息をつく。
「生きてるなら、とりあえず救急車だな」
こんな状況だ。へたしたら警察に話を聞かれるかもしれないが仕方ない。
全く面倒な事になったと思いながら携帯電話を取り出す。
「・・・待って、くれ」
「あん?」
思わず通話ボタンを押す指が止まった。
「今、喋ったのどっちだ?」
「オ、オレだ」
ロボットが微かに顔を上げてこっちを向いた。
間違いない。最初は空耳かとも思ったがどうやら本当にこのロボットが喋っているらしい。
「で、待てってのはどういう事だ。どう見ても後ろのガキは危ねぇだろ?」
「詳しくは、言えない。けど、こいつは・・・病院じゃ・・・ダメなんだ」
「じゃあなんだ、こんな雨の中に放っといて治るってのか?」
「どこか、安静・・・にできる場所に寝かせてやれば、じき・・目を覚ます・・・と・・思う」
「正気かお前、そんな冗談誰が信じるよ?」
うんざりした口調で聞き返す。
馬鹿々々しい、厄日だな今日は。
「・・・・・」
「おい、何とか言えよ」
「・・・・・」
「どうした電池切れか?」
「・・・・・」
「言いたい事だけ言ったらだんまりかよ、ふざけたオモチャだ」
ひときわ大きな溜息を吐くと、傘を折り畳み左肩に少女を担ぐ。
・・・軽いな。
続いて右肩にロボットを担ぐ。
「ぐおっ、馬鹿みてぇに重いなこのポンコツは!」
運動不足の体が悲鳴をあげてるような気がした。
いや、日頃の不摂生とかも祟ってるか。
この分じゃ明日は筋肉痛で仕事にならないかも知れないとも思ったが、
この際そんな事は知ったこっちゃなかった。
「ったく、だから、ガキは、嫌いなんだっ」
そして、今日何度目になるかも分からない文句を叫びながら、オレは家に向かって歩き始めた。
変な奴〜ヘルの記憶〜
眩しい。
目を刺すような朝日の光で目が覚めた。
「・・・どこだ、ここは」
体を起こして周囲を見渡してみる。
乱雑に積み上げられた洗濯物や、随分とジャンルに偏りがある大量のCDや文庫本。
少なくとも天羅の連中の所ではなさそうだが。
「おう、やっと起きたか」
オレがしばらくあたりを観察していると、台所の方から煙草をくわえた男が入ってきた。
「アンタは・・・」
確かオレが気を失う直前まで話していた男だ。
話している時はものすごく態度が悪かったはずだが。
「ここは?」
「オレんちだ。と言っても安アパートの一室だがね」
彼は溜息まじりにそう答える。
「アンタが、連れてきてくれたのか?」
「何言ってんだお前?」
そう言うと彼はもの凄く嫌そうな顔になった。
「お前が病院はダメ、放ったらかしもダメ、どこか安静に出来る所に寝かせろって言ったんじゃねぇか」
「それはそうだが・・・」
何なんだこの男は。
そんなに嫌なら放っておけばいいものを。
そもそもオレみたいなロボットの言う事なんか普通は信じないだろうし。
それにしても、こんなに嫌そうに人助けをする人間を見るのは初めてだ。
「で、そっちのガキはまだ目が覚めんのか」
「あぁ、大分良くはなってきているとは思うんだが」
「寝かしときゃ治るんだろ、なら寝かしとけよ」
心配してるのか迷惑がってるのか、その口調からは判断できそうもなかった。
「腹減ったな。とりあえず何か喰うか?」
そういえば天羅を脱出してから食事や睡眠どころか、ろくに休憩も取ってなかった事を思い出す。
おまけに外部装甲の修復に大分エネルギーも使ってしまっているようだ。
「あぁ、何か食べさせてもらえるとありがたい」
「おぅ、ちょっと待ってな」
「・・・なぁ、アンタ、事情とか聞かないのか?」
「別に興味ねぇよ」
そう一言だけ答えると彼は食事の準備を始めた。
食事はものの数分で出てきた。
ご飯とみそ汁と漬け物と昨夜の残りだろう野菜のごった煮。
「じゃ、いただきます」
「おぅ」
データベースにはあるが箸という物を使うのは初めてだ。これはなかなか難しい。
苦戦しつつもご飯をマスクの裏に隠れている燃料投入口に運ぶ。
「・・・美味いっ!」
「うぉっ!?」
「いやー、こんな美味い物は初めて喰ったよ、アンタすごいな!」
「いや、オレもお買い得品の米でこんなに感動する奴を見たのは初めてだ」
「そうなのか?いや、でも美味いよ」
今まで固形エネルギー食しか食べた事が無かったが、あれは美味いと感じた事はなかったし、
それ以前にそれしか与えられなかったから美味いも不味いも知らなかった。
今日ほどオレに食事する機能と味覚ルーチンを与えてくれた主任に感謝した日はない。
それからしばらくは二人とも黙ってもくもくと朝食を食べ続けた。
「ぷはー、ごちそうさまー」
「はいよ、お粗末さん」
久々の満腹感と食後のお茶を味わいながら、オレはこれからの事を考えていた。
これから彼女が目を覚ました後、どうするか。
身動きが取れない状態でも無事だったという事は、恐らく連中はオレ達が死んだと思いこんでるんだろう。
ならばこのまま逃亡を続ければ確実に逃げ切れる。
だが彼女の体調も問題だ。
肉体のポテンシャルだけならオレと同等かそれ以上。
しかし彼女はまだ生まれたてで肉体面、精神面において不安定な部分もある。
それらが逃亡生活に耐えられるかどうかも問題だ。
だが今後どう動くにせよ、当面は彼女の体力回復のために一カ所に落ち着いた方がいいだろう。
となると導き出される答えは一つだ。
オレは駄目元で彼に提案を申し出てみる事にした。
「・・・実は、アンタに頼みがある」
「なんだよ、もう炊飯器は空だぞ」
「真面目な話なんだ、オレ達をしばらくここに泊めてもらいたい」
「別にかまわんよ」
即答だった。
まるで本の貸し借りか何かのような答え方だ。
「・・・あ、あのな。オレ達にとっては大事な事なんだぞ!?」
「知るかよ」
「それに今更言うのも何だが、もしかしたら危険な事があるかも知れないんだぞ!?」
「うるせぇな。泊めてほしいのか、泊まりたくないのかどっちなんだよ」
「・・・そりゃ、泊めてくれたらありがたいんだが」
「だったらぐたぐた言うんじゃねぇよ」
・・・何なんだ、この男は。
変な人間だとは思っていたが、これは予想以上に変な人間かも知れない。
しまった、もしかして決断を急ぎすぎたか。
「・・・んん」
声がした方をみるともそもそと布団が動いている。
やがてゆっくりと彼女が起きあがった。
「やっと目が覚めたか、体の調子はどうだ?」
「・・・・・」
彼女はオレの質問に何も答えず、不安そうな顔で辺りを見回している。
そして視線をオレに戻すと、一言だけこう言った。
「・・・あなた、誰?」
私の名前〜マナの記憶〜
ここはどこだろう。
真っ暗で何も見えない。
気を抜いたら自分の存在すら忘れそうなほどの闇。
どろっとした感じの空気が気持ち悪い。
ここから出たい。
そう思ってもどうすればいいのかが分からない。
仕方なくぼーっと暗闇を眺めていたら、ぼんやりと光が差してきた。
ああ、そうか。目を覚ませばよかったんだ・・・。
「やっと目が覚めたか、体の調子はどうだ?」
目を開けて体を起こすと、いきなりロボットみたいなものが話かけてきた。
何だろうこれは。何となく見覚えがあるような気もするんだけど。
そう思いながら辺りを見回す。
CDや文庫本とかが詰まった本棚、やたらとゲーム機が接続されているテレビ、無造作に壁に立てかけられた絵画。
どこだろう、ここは。
私はこんな所は知らない。
私は・・・私は・・・。
・・・私は、私を知らない・・・。
さっき声をかけてきたロボットが心配そうに私を見ている。
やっぱり分からない。
「・・・あなた、誰?」
「何だと?何を言ってるんだお前?ホントに大丈夫か?」
「ごめんなさい、本当に分からないの」
「オレだ、ヘルだよ!」
「思い出せないの・・・あなたの事も、自分が・・誰なのかも・・・」
「・・・何てこった・・お前、記憶が・・・」
ロボットは表情が凍り付いたように固まったまま黙り込んでしまった。
「おいポンコツ、どーなってんだよ一体」
不機嫌そうな声でメガネをかけた男の人がロボットに話しかける。
やっぱり知らない人だ。
「ねぇ、あなたは私の事、知ってるの?」
「知らねぇよ。オレはただアンタらを拾っただけだ」
「拾った?」
「ああ、事故か何かにあって転がってるトコをたまたま見つけちまったんでな」
結構大変な事をまるで何でもない事のように言う人だ。
というか、まるで猫か犬のような扱いをされている気がする。
「・・・事故?事故に遭ったの、私?」
「そうだ」
ロボットが答える。
「ねぇ、どういう事?私は一体!?」
「落ち着け、しっかり説明してやるから」
それからそのロボット、ヘルはいろいろと説明してくれた。
私とヘルは事故に遭う前から一緒にいた事。
ヘル自身も事故のショックで少し記憶が混乱している事。
事故に遭った後、メガネの人に助けてもらった事。
私たちの体調が良くなるまで、ここでお世話になる事。
そして、結局私が誰なのかは分からないって事・・・。
「ねぇヘル、私の名前も思い出せないの?」
「・・・あぁ、すまないんだが」
「そう・・なんだ・・・」
記憶が無いのは不安なだけだけど、やっぱり名前も無いのは少し辛いな。
自分で自分を認めてあげる事もできないし、誰かが私を呼ぶ事もない。
ちゃんとここにいるのに、存在してないような、変な感じ。
「・・・マナ・・・」
ふいにメガネの人がぼそっと呟いた。
その手には何かを持っている。
「え、何?」
「いや、お前の名前だよ。もしかしたらマナっていうのかも知れないぜ」
「何で分かるの?」
確かこの人は私の事を知らないはずだ。
「お前らを拾った時に、一緒にドッグタグを拾ったんだよ。同じ場所でな。
全体的にかなりすり切れてて読みにくいが、MANAってスペルだけはなんとか確認できたんでな」
そう言って手に持ったドッグタグをぶらぶらと振ってみせる。
「ふーん、マナ・・・かぁ・・・。うん、いいかも!」
「は?いいって何が?」
ヘルはワケが分からない様子だ。
「だから、私の名前!どうせ分かんないんだもん、マナに決定!」
「決定ってそんな・・・」
「いいの!それに私だって名前がないと何かと不便だしね」
「まぁ、お前がいいならいいが」
「お前じゃなくて、マナ!これからよろしくね、ヘル!」
そう言って呆れた感じのヘルの手を取り握手をする。
「それから、名前付けてくれてありがとう、おとーさん!」
「はぁ?今なんつったお前?」
うわー、すごく微妙な顔だ。
「だから、名前付けてくれてありがとって」
「馬鹿、その後だ」
「とーさん?」
「それだ。何なんだよ、その呼び方は?」
「うん、私の名付け親だし、一応私たちの大黒柱じゃない?だから、義父さん」
「あーなるほどなー、それじゃこれから世話になるぞ義父」
急にヘルはしたり顔で私の味方につく。
どうやら義父さんに一矢報いたかったみたいだ。
「あーもー、好きにしろ」
そう言うと義父さんは諦めた顔で煙草に火をつけた。
ヘルはその様子を楽しそうに見ている。
正直、不安や分からない事だらけだけど、
きっとこれから楽しくなる。
何故かは知らないけど、それだけは自信をもって言える気がした。
the first contact〜epilogue〜
「それじゃー、行って来まーす」
「ラッキーストライクのライトを1カートンだぞ、間違えんなよー」
「大丈夫ー!」
「・・・ホントに大丈夫かよ」
「で、どこ行ったんだ、マナは?」
「散歩がてら、煙草買いに行ってもらった」
「ふーん」
「なぁ」
「何だよ?」
「気になってたんだけどさ、お前、どうしてアイツに嘘をついたんだ?」
「・・・何の事だ?」
「事故で記憶がどーこーって話だよ。お前、本当は全部きっちり覚えてるんだろ」
「どうしてそう思うんだ」
「どうしても何も、マナが目を覚ます前にしてた話は記憶が混乱してちゃできねぇだろう」
「なるほどな、それもそうか」
「で、どうして嘘を教えたりしたんだ」
「・・・・・・・」
「まぁ、無理に聞こうとは思わねぇけどよ」
「・・・・・マナの過去はな、決していいものではないんだ。
それこそ自分で自分の存在を否定したくなるような、そんな過去をアイツは持ってる。
だから、アイツがあんな脳天気に笑ってられるなら、もう記憶なんか戻ってくれなくてもいいとさえ思えてくる。
例え嘘でも、笑っていられる生活の方がずっといい。
少なくともオレは、そう思う」
「・・・・・」
「知ってるか、義父がマナに名前を付けた時、アイツ笑っただろ?
オレがアイツの笑った顔見たのはさ、あの時が初めてなんだぜ」
「分かったよ、もう聞かねぇ」
「・・・いつか義父には全部話すよ」
「いらん。聞かねぇ」
「いらんってアンタ・・・。普通そこはさー、渋く決めるだろう。こう、話したくなったら話せとか何とかさ」
「やかましい、事故で記憶がこんがらがったポンコツの話はもう充分だ」
「そうだな、うるさいのも帰ってきたみたいだし」
「ただいまー!」
「「おぅ、おかえり」」